しかしカモ井以外のメーカーは新用途に向けたマスキングテープの事業化に踏み出さなかった。堀口さんが行った聞き取り調査によると、理由の1つが既存の生産システムとのミスマッチだった。工業用途のマスキングテープは少品種大量生産。それに対し、雑貨用途は多品種少量生産で手間がかかり、配置する人員数や製造工程の見直しが迫られる。こうした変更を嫌ったというのだ。第2の理由は流通ルートの問題だった。工業用途と雑貨用途では前者は企業が顧客であるのに対し、後者は消費者が最終購入者で、小売店ルートが主要チャネルになる。DIYカテゴリーの製品をホームセンターで販売している企業もあったがファッション性が高い雑貨とは市場セグメントが異なりマーケティングの仕方も異なる。こうした流通問題も雑貨用途への進出を躊躇させたのだという。

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図2 カモ井の全体売り上げの推移

しかしこれら2つの要因はカモ井についても同じだったはずだし、イノベーションの収益化には生産や流通チャネルといった補完資産がカギになることはイノベーションの教科書が教えるところだ。では補完資産への取り組み以外にカモ井とその他の企業を分けたものはあったのだろうか? 堀口さんのインタビュー・データを読んで、あえてもう1つ差をあげるとすれば、ユーザー・コミュニティとの接点の取り方だろう。カモ井はカフェの3人を含む消費者コミュニティに対してまずは受け入れるというオープンな態度を示した。それに対して他社は「頼みもしない(unsolicited)アイデア」に対して最初から後ろ向きだった。これでは知識創造理論で言う社会化(socialization)まで進まず知識創造のスパイラルが回らない。

雑貨用途事業に参入しなかったメーカーの次のような言葉が印象的だ。「MTGBの中でマスキングテープを『可愛い』と表現しているのを見て正直『気持ち悪い』と思った。彼女たちの感覚が全く理解できなかった」「あくまで一部のマニアの楽しみ方だとしか受け取らなかった」「もともと単価が30円程度のものが色をカラフルにしただけで150円で販売され、それが本当に続くとは思わなかった」。

革新の源泉は自らの外にもある。その源泉と暗黙知を共有し、革新へつなげるインターフェースを準備する重要性をこの事例は教えてくれる。

(図版作成=平良 徹)
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