「オタク」に市民権を与えた
『TVチャンピオン』がウケた背景には、当時の日本社会の状況もあったと思える。
番組が始まった1992年は、1991年にバブル崩壊があった直後。それは、敗戦から奇跡的な復興を遂げ、高度経済成長からバブル景気を経験した「昭和」という高揚感あふれる祭りの時代が終わったタイミングでもあった。
そして祭りの集団的熱狂と陶酔から目が覚めた日本人は、自分の足元を見つめ直すことになった。世の中の敷いたレールにただ従って生きるのではなく、一人ひとりが自分のあるべき生きかたを問い直すようになったのである。
そのとき、『TVチャンピオン』に毎回登場する「すごい」素人たちは、視聴者にとって芸能人や有名人にはない親近感を抱かせてくれると同時に、いま自分のいる場所で頑張ること、自分だけの生きる道を見つけることの大切さを教えてくれたのではないだろうか。
そのなかで、『TVチャンピオン』は「オタク」が市民権を獲得するきっかけにもなった。
それまで「オタク」という言葉には「暗い」などネガティブな意味合いがつきまとっていた。だが宮澤少年のことを松本明子が「オタッキー宮澤」と呼び、中村有志が「ヘンなひと!」と言うとき、そこには明らかに親愛の情がこもっている。
そして生粋の「魚オタク」である宮澤少年は5連覇し、多くのひとが尊敬と親しみをこめて「さかなクン」と呼び愛される存在になった。
いまや「推し活」という名のもと、「オタク」であることは生きる喜びとして肯定されるような時代だ。『TVチャンピオン』は、そんな現在への道筋をつけた番組でもあった。