ペットとの暮らしを「やめざるをえない」という体験は、突然やってくる。その時どうするか。当事者となったノンフィクション作家の梶山寿子さんが、そのつらさと向き合い方を考えた。

15年飼育のチワワが急逝 どれだけ泣いたことか

ペットは飼い主の人生に無上の幸せと安らぎを与えてくれる。どんなときも自分を肯定し、寄り添い、ひたむきに愛してくれる――そんな存在が、ほかにあるだろうか。

だからこそ、それを失ったときの深い悲しみと喪失感はたとえようもない。日常生活もままならず、ただただ泣き暮らす日々が続くのだ。

10歳の頃からずっと犬を飼ってきた私も、何度かそんな経験をした。

次のペットを飼うことがペットロスを癒やす最善の方法だ。そう説く人もいるが、亡くなったペットに申し訳ない、あるいは、高齢なのでもう飼うことはできないと、あきらめてしまう場合もあるはず。

空虚な心を抱えたまま、明日をどう生きてゆけばいいのか。その答えはなかなか見つからない。

動物を飼ったことのない人に、ペットロスのつらさを理解してもらうのは、難しいことかもしれない。

たとえば、「虹の橋」という詩があるのをご存じだろうか。

天国へと向かう場所に虹の橋が架かっていて、この世を旅立ったペットたちは、そこで元気に遊びながら飼い主が来るのを待っている。そして、命をまっとうした飼い主と再会を果たし、共に虹の橋を渡る……。

ペットに思い入れのない人には、陳腐なおとぎ話に思えるのではないか。

だが、最愛のペットを失い、悲しみにくれる飼い主には「いつの日か再会できる」という希望のストーリーに映る。だからこそ、この詩が世界中に広まって、ペットロスに苦しむ人たちの心の支えとなっているのだ。

「虹の橋」の話を信じることで生きる気力を取り戻す――それもぺットロスから立ち直るためのプロセスのひとつなのだろう。

この試練を上手に乗り越える方法があるのなら、ぜひ教えてほしいと私も思う。そこで本稿では、私自身の体験も交えながら、ペットロスとの向き合い方について考えてみたい。

コロナ禍の直前、15年余り飼っていたチワワを亡くした。いちばんそばで私を支えてくれた、かけがえのないパートナー。甘えん坊だけど、とびきり賢く、愛情深い。その最愛の家族を、突然、失ったのである。

足腰が弱り、老いが目立つようになってからは、遠からず別れが来ることを覚悟していた……いや、本音を言えば、あのコが死ぬなんて考えたくもなかった。だから、あと数年は大丈夫だと、根拠もなく信じていた。

「その日」を想像しただけで胸がぎゅっと締めつけられる。「あなたがいないと私は生きていけないよ。だから一日でも長く一緒にいてね」。日々祈るように語りかけた。心の準備なんてまったくできていなかった。

しかし、無情にも「その日」はやってきた。深夜、急に苦しみ始めてから、わずか半日後のことである。

異変が起こったのは、亡くなる2日前。唐突に歩けなくなり心配したが、しばらくすると自力で立ち、ごはんも食べた。以前と変わらぬ穏やかな様子に、どれほど安堵しただろう。あのかりそめの回復は、命が尽きる前のちょっとした奇跡だったのか……。

お別れの間際、「これまでほんとにありがとう。幸せだったよ」と嗚咽しながら繰り返す私を、慈愛に満ちた瞳で、あのコはじっと見つめていた。苦しいはずなのに、どこか満ち足りたような、安らかで深い眼差しだった。

ありし日の愛おしい姿を残そうと梶山さんが手作りした人形
ありし日の愛おしい姿を残そうと梶山さんが手作りした人形。内部には遺骨や毛も納められている。これを作る行為自体が悲しみを癒やした。

それからどれだけ泣いたかわからない。葬儀のときも本当につらかった。火葬をすれば、もうこの姿を見られない。そう思うだけで耐えられず、立っているのもやっとだった。

「千の風になって」がむなしく響く火葬場横の待合室。自分も犬を飼っているという葬儀会社の方は、親身になって私と泣いてくれた。飼い主として自分が望むお見送りをしたくて、この仕事を始めたのだという。「金魚を火葬してほしい」と頼まれることもあるとの話に、ペットロスの奥深さを思う。

壁には「虹の橋」を描いたプレートが飾られている。「いつか虹の橋で、また会えますよ」。そんな慰めの言葉を、今は信じるほかない。

お骨拾いも、時間をかけてやった。とてもとても細く、小さな骨。こんなか細い身体で私を支えてくれていたのだと思うと、その健気さに、また涙があふれてくる。灰もハケで丁寧に集め、残さず骨壺に収めた。「一緒におうちに帰ろうね」と語りかけながら。

「これだけ悲しんでいる」 その感情を受けとめよう

長らく茫然自失の日々が続いた。何日経っても、いや何年経っても、心にぽっかりあいた穴は埋まらず、涙がとめどなく流れる。

ほどなくコロナ禍に突入したことも、ペットロスの地獄の苦しみに拍車をかけた。孤独な「STAY HOME」。大切な家族がいないガランとしたHOMEで、どうやって毎日をやり過ごしたのか、あの頃の記憶はぼんやりとしている。

確かなのは、いくら泣いても涙が涸れなかったことと、後悔が頭のなかをぐるぐる回っていたこと。「引っ越したことが寿命を縮めたのではないか」などと、つい考えてしまう。

がん治療などの高額な医療費負担も、介護の苦労も一切させずに、あのコは静かに旅立った。なんと親孝行な娘であったことか。

容態が急変したのが週末で、私の仕事に支障が出ないよう物事が進んだのも、振り返ってみれば出来すぎである。すべて自分で計画していたのではないか……そう思えてならない。

バカバカしい、犬が自分で死ぬ日を決めるなんて飼い主の妄想だ、と笑う人もいるだろう。

だが、獣医師で、飼い主の心のケアを担う「獣医療ソーシャルワーカー」でもある今井泉さんに打ち明けると、「きっとそうですよ。迷惑をかけないように、お別れのタイミングも全部そのコが決めたんですよ」と、私の想いを全力で肯定してくれた。

似たような話は、多くの飼い主から聞くという。ペットと飼い主の不思議な絆は理屈では語れない。それに寄り添うことも今井さんの役目なのだ。

上智大学グリーフケア研究所で3年間「グリーフケア」を学んだ今井さんは、ペットロスに苦しむ飼い主のサポートも行っている。

グリーフケアのグリーフとは「悲嘆」や「深い悲しみ」のこと。家族やペットなど「自分にとって大切なもの」を失ったときに起こる心の動きである。そんなグリーフを抱えた人に寄り添い、その立ち直りを支援するのが、グリーフケアだという。

「人やペットに限らず、仕事であれ、津波で流された家であれ、その人にとって大切なものを失うことでグリーフが生じる。それは自然なことなんです。初めの頃の不安や混乱状態が過ぎても、グリーフはずっと残っている。何年経っても『亡くなったペットの命日になるとしんどくなる』とおっしゃる方もいるんですよ」(今井さん)

6年前に亡くなった愛犬を思い、私がいまだに涙するのも、遺灰の一部を持ち歩いているのも、特異な例ではないようだ。心の奥底には「あのときこうすればよかった」という後悔の念がくすぶっているが、それも当然のこと。

「当初の頭が真っ白になった状態から、後悔したり、何かのせいにしたり、誰かに怒ったりする。そんな感情を経て少し落ち着いても、何かのきっかけで、また後悔し、誰かを責めて……。それを繰り返しながら、少しずつ前に進んでいく。大事なのは『それだけ悲しんでいる』という自分の感情と向き合って、それを受けとめることです」

不安、後悔、自責、他責、怒り、失望……。そんな感情を行きつ戻りつしながら、グリーフと折り合っていくという感じだろうか。

「納得のいかない治療をしたと獣医師に対して怒る人もいれば、『薄情だ』と家族を批判する人もいる。どんな感情であれ、私は『そうですよね』と受け入れます。そうやって人に話すことで、ごちゃごちゃしていた心のなかが、少し整理できるのでしょう。獣医師に怒っておられた方が、次に会うと、逆に(同じ獣医に)感謝されていることもあるんですよ」

【図表】ペットロス経験者たちの「癒やしのきっかけ」

「話す・書く」で自分の状態を理解する

「人に話すことで次に進める」と今井さんは力説する。だからこそ、心のうちを話せる人や、話を聞いてもらえる場を持つことが重要になるという。

「親しい友人や家族など、自分の気持ちを『発信できる場』があれば、心のモヤモヤが少し晴れます。聞いてくれる人がいなければ、ネット上に書き込んでもいい。想いを文章にしてみるのもひとつの方法です。書いたものに同じ言葉が何回も出てきたら、その理由を考えてみる。そうすれば、自分が何にこだわっているかが見えてきます」

人と会って話すことが難しかったコロナ禍と重なったことが、今回の私のペットロスをこじらせた要因のひとつだろう。「それは本当につらかったと思います」。今井さんの言葉が、今さらながら心にしみる。

仕事をする気力は失っていたが、行き場のない想いを整理したくて、長文の追悼エッセイを書いてみた。公表するのが目的ではない。あれもグリーフと折り合うための、自分なりの知恵だったのだと思う。

獣医師・大阪公立大学獣医学部附属獣医臨床センター特任臨床助教の今井泉先生
獣医師・大阪公立大学獣医学部附属獣医臨床センター特任臨床助教の今井泉先生。獣医療ソーシャルワーカーとしても活躍。上智大学グリーフケア研究所でグリーフケアを学んだ、飼い主の心のケアの専門家。

「自分の状態を理解することはとても大事です。そうやって少しずつ絡まった糸をほぐしていく。それで悲しみがなくなるわけではないけれど、足の踏み場もないほどぐちゃぐちゃだった部屋に、少しだけ座れるスペースができるみたいな……。全部いっぺんに整理する必要はないんです」

今井さんがグリーフケアを学ぼうと思ったきっかけは、夜間救急診療の現場で10年以上働き、悲嘆にくれる飼い主に数多く接したからだという。

「夜間診療では予期せぬお別れが多いんです。気丈にふるまっていた飼い主さんも、お声掛けしてお話を聞くうちに、泣き崩れてしまわれて……。そんな飼い主さんを救う“魔法の言葉”を教えてほしくて、グリーフケア研究所に通い始めました」

だが、“魔法の言葉”など存在せず、教わったのは、ただひたすらに傾聴すること。当事者にとって自分の気持ちを話せること、聞いてもらえることが何より大事だと痛感し、グリーフケアを学んだ仲間と、10年ほど前にNPO法人「いのちのケアネットワーク」を設立。その活動として、ペットを亡くした飼い主の語りの場「くぅくぅの会」も始めた。

「9年前にペットを亡くされた方も、話しに来られます。3年ぶりに参加されて、『ちょっと荷物を降ろせました。しんどくなったら、また来てもいいですか』と帰っていかれた方も。話を聞いてくれる人が身近にいない場合は、こうしたセルフケアの会に参加してみるのもいいと思いますよ」

今井さんが特任臨床助教として勤務する大阪公立大学・獣医臨床センターには、「あんしん獣医療相談室」があり、獣医療に関する悩みやペットロスの相談に応じてくれるそうだ。こんな場所が全国各地にあれば、どれほど心強いことだろう。

職場の同僚など、周囲の人の無理解や心ない言葉も、ペットロスに苦しむ人をさらに傷つける。「そういう人の言うことは聞き流せばいい」と今井さんは言うが、関心のない人にペットロスを理解してもらう手立てはないのだろうか。

試しにAIに聞いてみたが、「色の概念がない人に、青空の美しさを説明するような難しさがある」との絶望的な回答に、ため息が出た。

ペットを亡くして身も心もボロボロでも、大半の人は仕事を休むことができない。一部の企業に「ペット忌引き」を導入する動きはあるものの、一般に広がるのには時間がかかりそうだ。

それでも休みを取る人はいる。今井さんは、こんな話も聞いたという。「自分が休めば、老犬を飼っている同僚も、もしものときに休みやすい。だから上司に嫌な顔をされても休んだそうです。『そうすれば、このコが亡くなったことに意味づけができる』と」

亡くなった犬と散歩した道が通勤路と重なり、そこを通るたびに泣けてくるため、転職をした人もいるという。ペットロスは飼い主の生活にこれほどの影響を与えるのだ。

治療が必要とは考えず悲嘆とうまく同居する

「それほど重症なら、何らかの治療が必要だ」と、誰かに言われるかもしれないが、「ペットロスは病気ではない」と今井さんは力を込める。

「自分の状態をおかしいと思わないでほしい。ペットロスの『症状』などと言われると、病気だから治さなきゃいけないと考えてしまうし、『回復』という表現もひっかかる。まったく眠れない、食事ができないという場合は、心療内科に行ったほうがいいかもしれませんが、それは身体の健康のためであって、グリーフとは別の話です」

グリーフは治療して取り除くものではなく、「うまく同居する」というイメージだという。「ケガをして、手術をして完治した、じゃなくて、慢性的な膝の痛みとつきあいながら生活する、といった感じでしょうか」

【図表】グリーフケアの専門家が教える ペットロスからの立ち直り方

ペットロスにもがき苦しみ、そこから抜け出そうとあらゆることを試した私だが、2年間悩みに悩んだ末に、新しい犬を迎えた。今、私の膝の上ですやすやと眠るこのコは、新たな喜びをもたらしてくれた。それでも「あの悲しみ」が消えたわけではない。

ただ、今井さんと語り合い、自分の感情と向き合いながら、この記事を書き上げたことは、私自身のグリーフケアになったように思う。

年齢的な問題など、さまざまな事情で「もう飼えない」という方も、どうか希望をなくさないでほしい。

たとえば、ペット関連のイベントや動物保護活動に参加して動物とふれ合ったり、ボランティア活動を通して動物好きの人と知り合ったりすることはできる。虹の橋で待つペットへの想いを心ゆくまで語り合える――そんな相手が見つかれば何よりである。

「私が関わる地域のNPO法人『しっぽのごえん』の活動でも、本来、子ども向けだった犬との“ふれあい体験”で年齢制限をなくしたところ、中高年の方々が参加され、『以前は犬を飼っていたのよ……』などと思い出話を聞かせてくださった。今後は高齢者を対象にした取り組みも、もっと考えていきたいですね」と今井さんは話す。

【図表】後悔のないお別れと祈りのためのペット専用供養グッズ

現在、ペットと幸せに暮らしている人も、ペットロスは他人事ではない。考えたくもないことだが、お別れはいずれやってくる。そのときに備える意味でも、胸のうちを話せる人や場所を早めに見つけておいてほしい。

梶山 寿子 Sumiko Kajiyama
ノンフィクション作家、放送作家。テレビ局勤務を経て、ニューヨーク大学大学院で修士号(MA)を取得。社会変革を中心に幅広いテーマを手がける。『アパレルに革命を起こした男』(日経BP)など著書多数。HBMS SMOフロンティア研究所客員研究員、読売テレビ番組審議会委員。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年6月12日号)の一部を再編集したものです。