兵庫県尼崎市の薄暗いシャッター商店街に、週末になると「怪談売買所」が現れる。怪談作家の宇津呂鹿太郎さんが2013年にはじめ、客の怖い話を一つ100円で買い取っている。店は口コミで広がり、集めた話は700を超える。なぜ宇津呂さんの売買所に人々は集まるのか。フリーライターの川内イオさんが取材した――。
商店街の脇道の先にある「怪談売買所」
思わず、足がすくんだ。買い物客でにぎわう兵庫県尼崎市の「三和本通商店街」から脇道に入ってすぐのところにある、三和市場。ほとんどの店が閉まっていて、昼間なのに暗い。唯一の光源である蛍光灯は市場の途中で途切れていて、その先は暗闇で見通せない。
通りの向こう側から人が歩いてくると、得体のしれない濃い影が迫ってくるようで、その人が老人でも、若者でも、男でも、女でも、思わず踵を返したくなる。なにも用事がなければ、まず足を踏み入れようと思わない雰囲気だ。三和市場は、長澤まさみ主演のドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』(カンテレ)に登場する、怪しげなシャッター商店街の舞台として使われた。あれはドラマの演出ではなく、日常の風景なのだ。
その一角にあるのが、怪談売買所。2013年にオープンして以来10年間、店主で怪談作家の宇津呂鹿太郎さんが、訪問客から実際に起きた怖い出来事、奇妙な体験を100円で買い取っている。お客さんが希望すれば、一話100円で宇津呂さんが手持ちの怪談を話すのだが、「自分の話を聞いてほしいという人が9割です」。
今回の取材に合わせ、普段は週末に不定期開催している怪談売買所を平日の夜、特別に「開店」してくれた。前日の告知だったにもかかわらず、女性ふたり組、カップル、母親に連れられてきた女子中学生が、体験談を語りに来ていた。そこに同席させてもらいながら、僕は思った。
「宇津呂さんの人生もまた、不思議……」