「嫌な顔をされるのが、もう辛くて。だから、最初のひとりに声かけるのが、すごく勇気いるんですよ。でも、そのひとり目に逃げられると吹っ切れて、ゾーンに入るんですよね(笑)」
突然、見知らぬ人から「怖い体験をしていたら教えてほしい」と言われて話す人がいるのだろうか? それが意外にもいるらしく、「例えばこんな話がありました……」と、犬の散歩をしていた老人から聞いたという話を披露してくれた(気になる方は、怪談売買所へ)。
こうして綱渡りをするように新しいネタを仕入れながら、年に4、5回ほど怪談ライブに出演した。生計を立てられるような収入はなかったから、収入の柱はアルバイトだ。
「完全に怪談の方に意識を振り切っているんで、仕事は二の次、三の次なんですよね。人生設計なんて、なにもないんですよ。怪談ができたらそれでいい、と思っていました」
怪談ライブでつながった大学教授との縁
怪談師を名乗り始めて2年、仕事にも慣れた宇津呂さんは「自分でもやってみよう」と思い立ち、怪談ライブを主催した。これが想像以上にうまくいき、「夢想」を現実にするきっかけになる。
イベントを主催する側になると、企画、告知、集客、当日の運営などを担うため、必然的に複数の人と仕事をするようになる。また、イベント当日は主催者として来場者と挨拶を交わす機会も多く、自然と交友関係が広がっていく。
怪談ライブを始めてから知り合ったのが、尼崎にある園田学園女子大学の教授で、怪談が大好きな大江篤さん(現学長)。大学で「シャッター通りの三和市場を再生するにはどうしたらいいか」というテーマで授業をしていた大江教授の提案で、2010年から2カ月に一度、屋台を並べたイベントを開くことになった。1年目の夏は大江教授と学生たちが怪談を披露したのだが、2年目の夏、「プロを呼ぼう」ということで、宇津呂さんに声がかかった。
当日は宇津呂さんも驚くほどのお客さんが集まり、三和市場の通路で怪談を披露した。その盛り上がりを見て大いに喜んだのが、三和市場で精肉店を経営している森谷壽さん。森谷さんはシャッターが下りた店ばかりで寂しくなった三和市場を盛り上げようとイベントスペース「とらのあな」を開き、森谷さんが好きな映画や特撮に関係したイベントを定期的に開いていた。
映画好きな宇津呂さんは森谷さんと意気投合し、月に一度、国内外のホラー映画などについて語るイベントに登壇するようになった。迎えた2013年の春、「ここでまた屋台村のイベントをやるから、宇津呂さんもお店出しませんか?」とオファーを受けた。
その瞬間、「あっ!」と閃いた。新ネタを集めるのに苦悩しながら、いつしか夢想するようになったのが、「怪談を売り買いするお店」。お客さんが自ら怖い体験を売りに来てくれたら、どんなに楽だろう……と考えていたのだ。でもまさか実現するとは思っていなかったので、森谷さんに冗談半分で「怪談を売り買いするお店なんてどうですか?」と提案したところ、「面白そうですね! やりましょう」という乗り気の答えが返ってきた。