話を聞いた宇津呂さんは、その女性の横に立って「準備ができたら話していただいてもいいし、無理やったらもう話さなくてもいいですよ」と伝えた。15分ほど互いに無言の時間が過ぎた頃、その女性はおもむろに語り始めた。その話を聞き終えた後、宇津呂さんは「本にも書かないし、人にも話しません。僕の心の中だけにしまっときます」と約束をした。それは、どんな体験でもその人の人生の一部であり、「あくまでそれをお預かりしている立場」だと考えているからだ。
取材中に「ガシャーンッ」と金物が落ちる音がした
取材に行くまで、この女性のパターンのように重苦しい空気のなか、一対一で訪問客の深刻な告白がなされるのかと思っていた。しかし僕が訪ねた日、宇津呂さんはその場に居合わせた訪問客を全員店内に招き入れて、みんなで誰かひとりの体験を聞いた。
友人同士が車座になって、雑談しながら怖い話をしているようなイメージだ。二十代の女性ひとりと女子中学生が宇津呂さんの熱烈なファンだったこともあり、どちらかといえばその場はとても朗らかな雰囲気だった。
ただ、一度だけ気になったことがあった。
夜の帳が下り、
しばらくしてから、宇津呂さんに「あの音、聞こえましたよね? なんの音ですか?」と聞いたら、「え、川内さんがなにか落としたのかと思いました」と言われて固まった。僕はなにもしていない。
気づけば夜も更け、三和市場を包む闇の深さが増していた。母親の迎えを待つ女子中学生をひとり残し、遠方から来ていた女性ふたり組と一緒に尼崎駅へ向かうことにした。
宇津呂さんが「近道はこちらです」と指さしたのは、蛍光灯の明かりすらない、三和市場の奥へ進む真っ暗な通り。僕は決して怖がりではないが、どうしても足が前に進まなかった。その時、怪談売買所のなかにいた女子中学生がひょっこりと顔を出して、笑顔でこう言った。
「そっちは、出ますよ」