私の書斎の本棚には、30年以上も前に読んだ本も、ずっと置かれている。手に取ってページを開いてみると、随所に傍線が引いてあり、書き込みもある。繰り返し読み、おそらく大切に思って捨てられずにいたに違いない。
そんな一冊にケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』がある。この本の原書が大学のゼミの教材になった。指導教授のもと、学生たちが輪読して翻訳・解釈し、意見を述べ合っていた。とにかく難しく、参考に日本語版を買って読んだのだが、それでも理解には程遠かった。
ただ、第24章の最後の部分だけは鮮烈に記憶している。確か教授も「君たち全員が経済学の専門家になるわけではないだろう。ここだけわかればいい。社会に出てからも幾度となく読み返せ!」と話していた。
ここでケインズは、経済学においては、どんな有名な学者であっても、先達たちの影響から逃れることはできないと指摘している。そして、最後の部分で「経済学と政治哲学の分野に限って言えば、25ないし30歳を超えた人で、新しい理論の影響を受ける人はそれほどいない」と書いている。
つまり、イデオロギーとか価値観というものは、若い時代の基礎的な学習と蓄積によって決まってしまうというわけだ。これはある意味ショッキングなことだが、自分に当てはめてみると、なるほどと思う。
日本のビジネスマンのほとんどは、大学を卒業して22~23歳で会社に入ってくる。その後のわずかな期間で価値観が定まり、既得権益に縛られるようになってしまうとすれば、人材を育成しようにも、すでに手遅れではないか……。
だが、こうもいえる。私自身、22歳で旧安田火災海上保険に入社し、保険金の支払いや営業を歴任、労働組合専従にもなっている。その間の経験からいえば、人間の素材の部分は固まっているかもしれないが、それを開花させ、磨いていくことは、いくつになっても可能ではないか、と。
読書も人間を磨くための方法の一つだろう。そしてそれには、年齢、もう少し幅広くいえば年代に合った、またビジネスマンであれば、職責に応じた本の選び方、読み方があっていいはずだ。