私が大きな影響を受けた本として、渋沢栄一の『論語と算盤』と、梅棹忠夫の『文明の生態史観』の2冊を挙げたい。
前者は、2007年にサブプライムローン問題に端を発する金融危機が広がっていたときに、ふと思って再読した。すると、すっと腑に落ちるものがあった。おそらくこの本には、この10年の世界的な変革を乗り切るためのインプリケーション(含蓄)があふれているように思う。『論語と算盤』の著者である渋沢栄一は、日本ではじめて株式会社や銀行などをつくった実業家で、「日本資本主義の父」ともいわれている。同書は渋沢が、自らのビジネスでの体験をベースにしながら、論語の意義をわかりやすく説いたものをまとめた本で、当時、すでに76歳だった。内容を鑑みると、彼の生き方の集大成ともいえる。
この本が説くのは、「道徳経済合一説」という考え方だ。たとえば、『論語』には次のような言葉がある。
「邦に道あるに、貧しくして且つ賎しきは恥なり。邦に道なきに、富て且つ貴きは恥なり(国に秩序があるとき、貧しく卑しいことは恥である。道理のない無秩序な乱世で、富貴であることは恥である)」(泰伯第八)
渋沢はこうした『論語』の考え方は、商売と商人にも当てはまるものだと考えた。言い換えれば、論語(倫理)と算盤(利益)は相反するものではなく、それを一緒に実現することが、道理であり、我々はその道を踏み外してはならない、と考えた。
晩年にそのような考え方を世に問うたのは、彼自身の人生と密接に関係しているように思われる。渋沢は、日本史上を代表する経済人として、第一国立銀行(現みずほ銀行)など500社以上の設立に関わった。莫大な富を得る立場にあったが、財閥はつくらなかった。利益のほとんどを財団設立や寄付で社会に還元し、子孫にも資産は残さなかった。