イトーヨーカ堂へ30歳で転職するまで、私は本を売る側の出版取次大手トーハン(当時は東京出版販売)に勤務し、弘報課で「新刊ニュース」という隔週刊の広報誌の編集に携わった。毎日出版される新刊書を読み、内容を簡単にまとめて目録にする仕事を3年間続けた。
新刊書を隅から隅までじっくり読む時間もなく、生来、面倒くさがり屋の私は自分なりの速読術を身につけた。まず目次を見て全体像をとらえる。そのうえで主だったところを拾い読みし、最後を読めば、だいたいの内容をつかむことができた。
新刊紹介の仕事を続けていると、どうしても本を突き放して客観的に見る習慣がついてしまう。日本は年間出版点数では世界トップ級のわりに、「面白いと思える本は案外少ないな」。それが正直な印象だった。
ただ今回、「私のこの一冊」というテーマで何十年間かの読書歴を振り返り、ふと浮かんだのは自分でも意外な本だった。昭和を代表する歴史作家、山岡荘八の代表作『徳川家康』だ。1950年に新聞で開始した連載は実に18年間も続いた。53年から単行本の刊行が始まると、歴史小説で戦後最大のロングセラーとなり、家康ブームを巻き起こした。
特段歴史が好きだったわけでも、家康ファンだったわけでもない。どちらかといえば、自分は家康タイプではないように思う。それでもこの本が浮かんだのは、14年間かけて全26巻が順次刊行されたため、一巻読み終わると次巻が待ち遠しく、出るとすぐ買い、会社でも時間をつくって読んだ記憶があったからだ。
「新刊ニュース」にも著者インタビューで登場してもらった。思い出の一冊とは存外、本そのものより、読んだ当時の気持ちと合わさって浮かび上がるものなのだろう。