これはわれわれが日々店頭で実践していることそのものだ。例えば、スーパーでは一パック500円の刺し身を閉店時間が近づくと、400円に値引いたりする。このとき表示方法が「2割引き」と「お買い得」とでは売れ方が大きく異なる。鮮度が重要な刺し身の場合、「2割引き」と表示すると、鮮度に問題はなくても顧客は「古くなったから安くした」と感じるが、「お買い得」だと背中を押される。これが顧客の心理だ。世界で最も消費が飽和した日本の市場では、顧客の心理を刺激しなければ商品は売れない。そのとき、売り手のほうは顧客に対して積極的な働きかけを行うため、保守的な心理から抜け出さなければならない。不況下こそ、心理学経営が重要ということを、私も『鈴木敏文の「話し下手でも成功できる」~セブン-イレブン流「感情経済学」入門』という本で実践例をあげながら示した。心理学経営は人事評価にも必要だ。仮に社員の昇給額が平均的には5000円のとき、Aという社員については仕事ぶりを評価して5500円にし、500円の差をつけたとする。しかし、それは評価する側の自己満足にすぎない。セールスのように評価の物差しを明確にできる職種は別として、熱心さや頑張りといった抽象的な部分を何かの物差しではかり、金額に表すことはきわめて難しい。そのため、評価される側から見ると、「なぜ、Aと自分たちは昇給額に500円の差がつくのか」と、容易に納得できない。
人事評価で重要なのは、評価する側の満足ではなく、評価される側に「評価された」と伝わることだ。端的な話、一円でも差は差で、昇給額がみんなより一円でも高ければ、その人は努力が評価されたことになり、一円でも低ければ、その人は努力が足りなかったことになる。これが500円の差になると、「なぜ500円なのか」と、金額の納得性に目が向いてしまう。それが心理だ。商売で顧客の立場に立って心理を読むのと同様に、人事評価では評価される立場に立って心理を汲む。心理学経営の真髄を本の中で解き明かした。
最後に2点ほど、本を読むときのポイントを伝授しておきたい。よく本を読みながら傍線を引く人がいる。
「ああ、そうだな」と自分も同感に思うからで心地はいいだろう。ただ、それは同感する個所をなぞって安心感を得ているにすぎない。同感するのは自分もその考え方に達しているからで、得るものは少ない。いわば、会話で相手の話に相づちを打つようなもので、相づちだけでは深い会話にはならないのと同じだ。線を引くなら、新しい発見があるところに引く。これまでの自分の理解とは異なる意見や自分にない考えにこそ線を引くべきで、これは価値がある。なぜ、そう考えるのか、根拠は何かと突き詰めれば、自分の考えをより発展させることができる。もう一つは、本を読んでも、本のものまねをしないことだ。ものまねは楽なように思えるが、考え方が制約されてしまい、かえって面倒だ。だから私は本から必要なことだけをつかむと、あとは自分で新しいことを考える。だから、線を引く個所はそう多くなくても得るものは多い。面倒くさがり屋の読書術だ。
※すべて雑誌掲載当時