最後は部下の育て方について考えよう。セブン―イレブンでは学生アルバイトでも始めて3カ月も経つと、経営について一家言を持つようになるといわれる。発注分担といって、バイト学生も担当商品ごとに自分で仮説を立て、発注し、結果を検証する。日々の実践が自信を植えつけるのだ。欧米の経営学者も注目する。時給が特に高いわけではない。それでも各自が力をつけ、育っていく理由をこう話す。

<strong>鈴木敏文</strong>●セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEO
鈴木敏文●セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEO

「人間にとって大切なのは、やはり、仕事のしがい、働きがいです。給料の高い会社は社員が定着し、給料が少しでも安かったら、離職率が高まるかといえば、必ずしもそうではなく、逆の場合もあります。

要は自分の存在価値がそこにあるかどうかです。人間は善意の生きものですから、自分を啓発する力を誰もが秘めています。それを引き出すきっかけや仕かけがその場にあるか。セブン―イレブンの場合、自分で責任を任され、成果を出していく経験が自己啓発力を引き出しているのです」

ザ・プライスでも同様のことがあった。1号店の西新井店での話だ。前は店歴の古いヨーカ堂の店舗だった。07年、近くに大型商業施設が開店。ヨーカ堂の新店舗を核に専門店などが出店した。西新井店の売り上げは激減。パートたちも活気を失った。

店はザ・プライスへと業態転換する。ローコストで運営するには、パートが主戦力になり、自ら進んで仕事に取り組まなければならない。職場の環境は一変する。開業1カ月後には人が変わったように生き生きと働くパートたちの姿があった。

対照的なのが中国・北京での話だ。北京に進出したヨーカ堂の店舗では現地の中国人社員が次々育ち、競合から破格の給料で引き抜かれるようになった。ところが、転職先には力を伸ばせる環境がなく、契約を打ち切られるケースが相次いだ。「重要なのは個人と環境のマッチング」だと鈴木氏はいう。

「本人に責任を持たせると同時に、失敗してもそれを活かせるようにする。部下は自己啓発力を持つ一方で、自己正当化を図る存在でもあります。失敗すると理由を並べ、つじつまを合わせようとします。それを鵜呑みにしたら部下は育ちません。

教育とは答えを教えることではなく、気づきを与えることです。部下が自己正当化を始めたら、限界意識が芽生えている表れで、あえて部下を追い詰めて今の方法では駄目だと気づかせ、殻を破らせる。限界を突破できれば、自信がつきます。上司が仕方がないと思ったら、部下も自己啓発力を引き出せず、組織は活力を失っていくことでしょう」

鈴木流経営の最大の特徴は、人間の本質に目を向け、当たり前のことを当たり前に徹底して実行することにある。不透明な時代だからこそシンプルな発想と行動で壁を突破してはどうだろうか。

(尾関裕士=撮影)