京セラを世界的な企業に育て、日本航空を再建した“希代のカリスマ企業家”稲盛和夫さんが亡くなった。ご本人に複数回取材したジャーナリストの勝見明さんは「稲盛さんは3つの顔を持っていた。『数字に厳しい経営者』『徳のある賢人』、そして、自ら語るどこにでもいるオッチャンとしての愛すべき『普通の人』です」という――。
京セラの稲盛和夫名誉会長=2015年9月18日、京都市伏見区
写真=時事通信フォト
京セラの稲盛和夫名誉会長=2015年9月18日、京都市伏見区

「トイレに行くと稲盛氏もいて2人で並んで用を足した」

希代のカリスマ企業家、稲盛和夫氏は3つの顔を持っていた。「数字に厳しい経営者」「徳のある賢人」、そして、「普通の人」だ。その中でも、私が取材を通して最も印象に残るのは「普通の人」の顔だった。

それは、経営破綻した日本航空(JAL)が、会長として着任した稲盛氏の経営手腕により、V字回復した2012年夏のことだった。JALの破綻と日本経済の衰退が二重写しに見え、危機感を覚えた稲盛氏が、日本再生に向けたメッセージを発信する本を出すため、長時間取材をしたときの一コマだ。

取材を終え、私がトイレに行くと稲盛氏もいて、2人で並んで用を足すことになった。黙っているのも気まずい。私から話しかけた。

【筆者】今も東京通いですか。

【稲盛】そうですわ。

【筆者】大変ですね。

【稲盛】もう慣れましたわ。

それから2~3分世間話を交わした。その日、稲盛氏が東京から京都に着いて、取材場所に来る途中、よく利用する町中華の店に寄って、好物の焼きそばと餃子を食べたことなど、たわいのない話だ。ちょっと前まで取材で見せた「徳のある賢人」の顔とはまったく対照的だった。

取材時はこんな具合だった。私が質問すると、目を閉じて俯き、2~3分間、黙って考え込む。おもむろに目を開け、論語などの中国思想に基づいた自らの哲学を噛んで含めるように語り始める。