「人間として何が正しいのか、その一点で考える」
ただ、対談のしめくくりに、「お2人に一番共通するのは判断の基準が明確なことです。悩まず、迷わず、決断する秘訣をお聞かせください」とお願いすると、稲盛氏は一転、「徳のある賢人」の顔に戻った。
鈴木氏が「私は、1つのことをこう決めたら、次はまたこうしようと連続的に考えていくので、そんなに悩むことはありません」と実務家タイプの経営者らしい答えをしたのに対し、稲盛氏はこう答えたのだ。
【稲盛】私も同じで、さほど悩みません。損得ではなく、人間として何が正しいのか、その一点で考える。自社にとって不利でも、正しいと思うことを選択するのであまり迷いません。
そして、その例として、JAL再建過程でのある決断について語った。提携先のアライアンス(航空連合)を決めるときの話だ。
JALは従来、アメリカン航空を盟主とする「ワンワールド」に加盟していた。倒産後、行政を中心に政治家たちも含め、デルタ航空が盟主のスカイチームへの鞍替えの動きが出た。スカイチーム側からも多額の支援の申し入れがあり、社内でも「移るべき」という意見が大勢を占めた。
条件的には鞍替えのほうが有利だった。しかし、稲盛氏は両陣営のトップ級と会い、話を聞いた上でワンワールド残留を決めた。その理由をこう語ったのだ。
「何より、今までずっと一緒に組んできたアメリカン航空には何の落ち度もないのに簡単に鞍替えするのは、人間として正しいことなのか。幹部社員たちも最後は賛成してくれました」
「人間として何が正しいのかで判断する」。これは、稲盛氏が京セラを経営するなかで学んだものを折に触れてまとめた哲学、「京セラフィロソフィ」の中心概念だ。
稲盛氏がJAL再建のため、会長職として着任し、幹部社員を対象に行った「リーダー教育」もフィロソフィをもとにリーダーのあり方を説くものだった。稲盛氏は、幹部たちの意識改革を徹底するため、自ら講師となって強く訴えた。
企業経営は損得以前に、「人間として何が正しいのか」、善悪でものごとを判断すべきである。それには「無私の精神」が必要であり、それを支えるのが「利他の心」の精神性と倫理観である。
善悪の基準とは、「人をだましてはならない」「ウソをついてはいけない」「人に迷惑をかけてはいけない」といった、子供のころに両親や先生から教えられたようなプリミティブなことが原点にある。大企業の最高幹部であっても、それがおろそかになると経営判断を誤ることが多い。だから、人間としてのベーシックな精神のありようや倫理観を、もう一度取り戻そう、と。