「必要な数字は向こうから目に飛び込んでくる」

講義終了後は、毎回、飲み会だ。会費を出し合って、缶ビールと焼きそばや餃子などの簡単なつまみだ。稲盛氏を囲んで車座になり、膝をつき合わせながら、酒を酌み交わし、胸襟を開いて語り合う。幹部たちは、昼間、講義で目にした「徳のある賢人」の中に血の通う等身大の稲盛氏を感じたことだろう。

当初、学歴とプライドは高いが当事者意識に欠け、評論家的言動が目立った幹部の中には、稲盛氏の説くフィロソフィに違和感を覚え、あまり乗り気でなかった者もいた。それが、回を重ねるごとに、だんだんと幹部たちの目の色が変わり、フィロソフィへの理解を深めていった。やがて、「もっと早くこのような教育を受けていたら、JALは倒産することもなかった」と発言する人も出てきた。

リーダー教育は、幹部から管理職へと広げ、同時に稲盛氏は空港の現場を回り、社員たちにも直接語りかけ、意識改革を求めた。

「JALに搭乗されたお客様が、またJALに乗ってあげようと思っていただけるような仕事を心がけていただきたい。一線に立つみなさんが、新しいJALの象徴になるのです」
「あの人たちが働いてくれているなら、あの飛行機に乗ってみようとお客様に思っていただけるような接遇をしましょう」

80歳に達する年齢で、無給で陣頭指揮し、ホテル暮らしで、夜はコンビニのおにぎりを食べ、再建に全身全霊を傾ける姿そのものが社員たちにとって大きな範となった。

こうして意識改革が進むなかで、京セラフィロソフィをベースとして、再建に向けたJAL社員の行動規範として、「自ら燃える」「お客様視点を貫く」「一人ひとりがJAL」といった40項目からなる「JALフィロソフィ」がつくられるのだ。

フランクフルト空港にてJAL機
写真=iStock.com/Teka77
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一方、「数字に厳しい経営者」の顔に徹したのが経営会議や業績報告会の場面だった。フィロソフィには「売上を最大に、経費を最少に」の項目もある。配布されるA3サイズの資料にはおびただしい数の数字が並ぶが、稲盛氏は細かな数字も見逃さない。

機長出身で稲盛氏に社長に抜擢された現会長の植木義晴氏によると、稲盛氏はよく「必要な数字は向こうから目に飛び込んでくる」と語ったという。

資料上の数字についての突っ込んだ質問に対し、明快に答えられないと、「これ以上は時間のムダだ」とものの5分で退席させられた役員もいた。

口癖は「数字を躍らせるな」。経営上の数字には必ず意味や背景があるから、常に敏感に反応し、必要な対応策を俊敏にとる。経営破綻前、月次実績が出るのは3カ月後だったが、稲盛氏が「翌月」を求めて実現させると、報告会の情景が変わっていった。前は数字に疎く、「八百屋も経営できない」と稲盛氏に酷評された役員たちが、機器一つひとつの値段まで調べるようになったのだ。

「そのころから、全社をあげて経費節減が始まりました。チリも積もれば山となるで、数字が毎回よくなっていく。自分たちにもできるんだ。数字を見るのが楽しくなっていきました」と前出の植木氏は振り返る。