08年7月、イトーヨーカ堂で大ヒットしたキャンペーンがある。買い上げ金額の合計5000円ごとに、ガソリン1リットルにつき10円の割引券をプレゼントする。ねらいはあたり、期間中の既存店全店の売上高が前年同期比で2割増えた。

<strong>鈴木敏文</strong>●セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEO
鈴木敏文●セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEO

仮に5000円の買い物をし、割引券を使ってガソリンを50リットル買えば、500円得する勘定だ。買い上げ金額の「1割引き」とどう違うのか。

「一般的な経済学では、どちらも理屈は同じと考えます。しかし、心理学で考えると顧客の感じ方は違ってきます。ガソリン価格が上昇を続ける中で、ガソリン代の負担を少しでも軽減しようとする仕かけが顧客の心理を刺激し、支持されたのです。

もっとわかりやすい例が、以前、消費税率が5%に引き上げられたときに行った“消費税分還元セール”です。初め営業幹部に提案すると、普段の売り出しで10~20%引きでも必ずしも売れるわけではないのに5%では魅力を感じてもらえないと、大半が反対意見でした。確かに数値上はそうです。

そこで、当時消費が冷え込んでいた北海道で試してみると大反響を呼び、翌週には全店に展開して、売り上げ60%増の爆発的なヒットになりました。“不況突破、消費税分還元”というアピールの仕方が顧客の感情に響いたのです」(鈴木氏)

同じことがらでも提示のされ方によって、受け手の選択が左右される。この現象は人間心理の大きな特徴で、前述の行動経済学ではフレーミングの法則と呼ばれる。例えば、ひき肉の内容表示でも「赤身80%」と「脂肪分20%」では同じ意味でも顧客は前者を選ぶ。牛肉も100グラム700円の肉だけが並んでいると、顧客は高く感じ、購買意欲をそそられないが、500円と1000円の牛肉も一緒に並べると、まん中の700円を手頃だと感じて買うようになる。鈴木流経営の持ち味はこうした人間心理の微妙な加減を見事にとらえていることだ。

「ディスカウントストアのザ・プライスもそうです。既存のスーパーで、生鮮食品など特定の商品について1~3割引きで売るのと、その店に行けば、ほとんどすべての商品がヨーカ堂価格より1~3割程度安く買えるのとでは、訴え方が違ってきます。

所得が伸び悩む中で消費財の値上げラッシュが続き、消費者は価格に対して非常に敏感になっていました。そのとき、節約志向に応える生活応援型のディスカウントストアという店のあり方がわかりやすく、買い手の感情にフィットした。大切なのは、そのときどきの顧客の関心のありどころを読み、感情に訴える仕かけを常に考えることです」(鈴木氏)

(尾関裕士=撮影)