心と身体の性別に違和感がある「トランスジェンダー」。20代の上里雲雀さん(仮名)は5人姉妹の中間子として生まれたFTM(Female to Male)だ。学校では同級生にいじめられ、家でも母親から暴言を浴びせられ、血反吐を吐くまで殴られたという――。(前編/全2回)
机の上に凍ったままの冷凍ピザ
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ある家庭では、ひきこもりの子供を「いない存在」として扱う。ある家庭では、夫の暴力支配が近所に知られないように、家族全員がひた隠しにする。限られた人間しか出入りしない「家庭」という密室では、しばしばタブーが生まれ、誰にも触れられないまま長い年月が過ぎるケースも少なくない。そんな「家庭のタブー」はなぜ生じるのか。どんな家庭にタブーは生まれるのか。具体事例からその成り立ちを探り、発生を防ぐ方法や生じたタブーを破るすべを模索したい。

今回は、女性の体で生まれたが、女性を好きになってしまったことから同級生からいじめられ、母親からは虐待され、児童相談所に保護されたという現在20代の男性(Female to Male)の事例を紹介する。彼の家庭のタブーはいつ、どのように生じたのだろうか。タブーのはびこる家庭という密室から、彼はどのように逃れたのだろうか――。

5人姉妹の中間子

関東在住の上里雲雀さん(仮名・20代・独身)は5人姉妹の中間子だ。10歳上と5歳上に姉、2歳下と4歳下に妹がいる

両親が出会ったのはお見合いの席だった。工場勤務の父親が30代、OLだった母親が20代の頃のことで、お見合いしてわずか数日後に結婚に至った。父親の稼ぎは決して良いものではなく生活は苦しかったが、父親は母親が働きに出ることを許さなかった。そればかりか、上里さんが物心ついた頃には、父親は家にいるときは酒を飲み、酔っ払って母親や次女に暴力を振るうことは日常化していた。

「父はいつも泥酔していて、母や次女に殴る蹴る、物を投げつけるなどをして、大きな声で怒鳴っていました。理由はいつも些細なことです。父が大好きな冷凍ピザを母親が夕食の時に出したら、『いつもこればっかり出しやがって!』など、本当に理不尽なことで怒り始めるんです。母は父の奴隷のようでした」