女の愛情の業の深さを浮き彫りにした

彼女は決して冷たい女ではない。いや、相手を独占し、ホネまで愛さずにはいられない女なのだ。

永井路子『歴史をさわがせた女たち 日本篇』(朝日文庫)
永井路子『歴史をさわがせた女たち 日本篇』(朝日文庫)

やきもちのあまり、妾のかくれがをぶちこわすぐらいならまだいい。が、愛の激しさは、行きつくところまで行くと、とんでもない事件をひきおこす。

女の中にある愛情のごうの深さを、浮彫りにしたのが、政子の生涯だったといえるのではないだろうか。

ところが、本当にお気の毒なことに彼女のゲキレツな愛情は歴史の中で見過されて来た。いや、むしろ愛などとは無縁な冷たい権力欲の権化、政治好きの尼将軍と見なされて来た。これだけは彼女にかわって、是非ともここで異議申し立てをしなければならない。

彼女は決して、そんな冷たい人間でもなければ、政界の手腕家でもない。こころみに、彼女の政治的業績を再検討していただきたい。何一つないではないか。のちに承久の変が起ったとき、たしかに彼女は将兵を励ますための大演説をやってのけている。

が、これにはちゃんと演出家がついていて、彼女はその指示のままに「施政方針演説」を朗読したにすぎない。しかもその演出家たるや、首相の下にいて草稿を書く下僚ではなく、稀代きたいの政治家である北条義時――彼女の弟だった。

尼将軍は「北条義時のロボット」説

つまり彼女はこの義時のロボットなのだ。現代の政治家が束になってもかなわないくらいの大物政治家の義時は、絶対に表面には出ずに、表向きのことは政子に――それも「北条氏の政子」ではなく「頼朝未亡人としての政子」にやらせている。しかも頼朝の血筋に連なる幼い藤原頼経を将軍に据え、政子には、その代行という形をとらせるのである。

女性の一人として、先輩に大政治家がいた、と主張したいのは山々なのだが、こうした実態を見ると、どうも彼女を買被ることはできない。

となると、彼女の真骨頂は、庶民の女らしい激しい愛憎の感情を歴史の中に残したところにあるといえそうだ。いかにも庶民のオカミさんらしく、愛しすぎたりやきもちを焼いたり、息子や孫に口を出して、とんでもない事件を巻き起したり……。つまり徹底的に庶民的な、愛情過多症に悩まされつづけたオバサマなのである。

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