清少納言は「春はあけぼの」で始まる「枕草子」の作者だ。中流階級出身でありながら、皇后に仕えて上流貴族の仲間入りを果たした彼女は、ライバルの紫式部から「高慢ちき」と批判された。実際はどうだったのか。歴史小説家・永井路子さんの著書『歴史をさわがせた女たち 日本篇』(朝日文庫)より、一部を紹介する――。
朝の富士山
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「高慢ちき」と言われてもしかたない

清少納言は、紫式部と肩を並べる王朝の才女といわれている。しかも、紫式部が、彼女について痛烈なワルクチを言っていることは前回記事でご紹介したとおりである。

「ひどく高慢ちきで、生かじりの漢文なんか書き散らすイヤーナ女!」

たしかに清少納言には、そう言われてもしかたのないところがある。たとえば、彼女の仕えている中宮定子(一条天皇のお后)が、ある雪の日、こう言った。

「少納言よ、香炉峰こうろほうの雪はいかに?」

すると彼女はしたり顔で進み出て、定子の前のすだれをスルスルと巻きあげ、大いにおほめにあずかった。というのは中国の古典に、「香炉峰ノ雪ハ簾ヲカカゲテミル」という文句があるので、それを実演してみせたのだ。その文章は知っていても、機転のきかない同僚たちは、ポカンとしてそれをみつめていたに違いない。

にじみ出る「偉い人と会話できる私すごい」

清少納言は、その著「枕草子」の中にトクトクとしてそれを書きつけているが、これなどもいや味といえばいや味である。

紫式部ならずとも、これでは胸がムカムカする。「枕草子」の中には、こんなふうにガクをふりまわす所がたくさんあるのだ。

清少納言のもう一つのご自慢は、ウイットに富んだ会話である。中宮定子の後宮には、高位高官がしきりに出入りするが、それらのご連中をむこうにまわして、いかに自分が気のきいた会話のやりとりをし、みなを感心させたか――このあたりは、まさに現代のバーのホステスなみだ。

きょうは大臣Xが来たからからかってやったとか、きょうは大会社の社長が来てチヤホヤしてくれたとか、あたかも自分が大臣や社長と同列の人間にでもなったような口のききざまは、はたからみると苦々しいが、「枕草子」には、そうした個所もたくさんある。