長男への愛情はうまく届かず、殺意に
これはとんでもない誤解である。尼将軍というのは俗称で、彼女は正式に将軍になってはいない。彼女は実家の北条家の代表者にすぎず、自分自身は権勢の人ではなかった。といっても、あるいは反論がおこるかもしれない。
「そんなことはないわ。彼女は権力欲のために、自分の実子の頼家も実朝も殺してしまったじゃないの。北条家の権力のためには、そんなことも平気でできる冷たい女なのよ」
これも誤解である。冷たいどころか、彼女は熱すぎるのだ。その熱すぎる血が、とんでもない家庭悲劇を巻きおこしたのである。
夫の死後、彼女は長男の頼家を熱愛しようとした。ところが、すでに成人していた頼家は愛妾若狭局に首ったけで、母のことなどふりむきもしない。政子は絶望し、若狭を憎むようになる。いまも姑と嫁の間によくあるケースだ。そのうち母と子の心はさらにこじれて、かわいさ余って憎さ百倍、遂に政子は息子と嫁に殺意を抱く……。
数百年後も時折り新聞をにぎわわす、おろかな母と同じことを政子はやってしまったのだ。
忘れ形見の公暁は叔父の実朝を殺害
混乱の末、頼家も命を失ってしまった後、政子は突然、激しい後悔におそわれる。
――私はとんだことをしてしまった!
せめてもの罪ほろぼしに、頼家ののこしていった男の子をひきとり、それこそ、なめるようにかわいがりはじめる。父の菩提をとむらうために仏門に入れ、都で修行させるのだが、それもかわいそうになって、手もとにひきとり、鶴岡八幡宮の別当(長官)とする。
が、この孫は祖母の心のいたみなどはわかっていない。父にかわって将軍になった叔父の実朝こそ親の仇と思いこみ、とうとう彼を殺してしまう。この少年が、れいの別当公暁なのである。
母と子、そして叔父と甥。源家三代の血みどろな家庭悲劇は、歴史上あまりにも有名だが、政子の抑制のきかない愛情過多もその一因になっている。もちろんこのほかに幕府内部の勢力争いもからんではいるが、なんといっても政子の責任は大きい。