NHK「ばけばけ」では、江藤県知事(佐野史郎)の娘リヨ(北香那)が、小泉八雲をモデルにしたヘブン(トミー・バストウ)の心を射止めようと奔走している。実在の知事のモデル籠手田安定は、娘にどんなまなざしを送っていたのか。ルポライターの昼間たかしさんが、文献などから史実に迫る――。
ラフカディオ・ハーンの肖像
ラフカディオ・ハーンの肖像(写真=『The World's Work』/PD US/Wikimedia Commons

モデルの県知事は「風格ある剣豪」

籠手田安定
籠手田安定(写真=島根県編『府県制の沿革と県政の回顧』、1940年/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」。一瞬で終わるかと思いきや約3週間繰り広げられているヘブン(トミー・バストウ)に対する、江藤安宗県知事(佐野史郎)の娘・リヨ(北香那)による恋愛攻勢。いや、史実を知っていれば本命はトキ(髙石あかり)だとわかっているんだが、それでもハラハラ。しまいには、筆者は次第にリヨに対して「なんだ、この女、お高くとまりやがって」とかムカムカしてきたので朝の視聴をやめて、夕方録画で見ることにした。

さて、佐野史郎演じる知事は独特の風格があるが、モデルになった実在の知事・籠手田安定とは随分と違う。各地の知事を歴任した籠手田の人となりはさまざまな記録に残されている。

例えば各県の県知事の人となりを紹介した『地方長官人物評』(長島為一郎 1892年)という本には、こう記されている。

人となり極めて無骨、もっとも勤王の心深し、性甚だ撃剣と嗜み到底必ず道場を設け、食前常にて面と籠手の一手と造らざるなし、籠手田の姓蓋し名詮自称なり。

ようは、籠手田の姓の通りで無骨で剣道を嗜み、常に鍛錬を怠らないというわけである。さらにこの本では滋賀県令だった時、行事の際に紋付き袴で現れた姿は、大名のようで人々の注目を集めたことも記している。明治の人なので肖像写真も残っているが、なるほど文明開化後の県知事というよりは風格ある剣豪といった趣である。

娘にはとにかく“甘い”

しかし、そんな人物なのに娘には甘い。鉅鹿敏子『県令籠手田安定』(中央公論事業出版1976年)には、こんな記述もある。

上京中には鹿鳴館での会合にもたびたび出席している。また、文明の利器の便利さも知っていた。あるいは旧記が伝えるように、二人の娘を当時珍しい、瀟洒な洋装に仕立ててハイカラがってもいる。私の手元には、幅広いネクタイを結んだ写真も残っている(注:著者は籠手田の孫)

特に娘には甘かったであろうことを示すのが、島根での出来事だ。『山陰新聞』1890年1月24日付けには「知事邸内での舞踏会」という記事が掲載されている。ここでは、こんなふうに記されている。

ごうごうの世評を起こしたる彼の男女の頬吸ひっこの舞踏会が、今に至りて島根県知事籠手田安定君の邸内に始まる。

「男女の頬吸ひっこ」なんとも生々しい表現だが、これは頬を寄せ合って踊る西洋式ダンスのことである。当時の島根県民にとって、男女が抱き合うように踊る舞踏会は、それはもう衝撃的な光景だっただろう。

それを、よりによって県知事の公邸で開催してしまったのだ。