井上康生(柔道・日本代表男子コーチ)
伝統の全日本選手権(4月29日・日本武道館)で、かつて3連覇を果たした井上康生が兄の智和と「形」を披露した。ロンドン五輪が開催され、講道館創立130周年を迎える節目の年の大会での大役に、井上兄弟はそろって緊張顔だった。
やはり井上康生には華がある。開会式直後、畳に上がると観客席から拍手が巻き起こった。演じるは「投の形」。相手に技をかける「取(とり)」役として、内股や払い腰など実戦の攻防の基本となる形を次々と出していった。「形をやることで、形の重要さ、柔道の奥の深さを知ることができました。改めて形を学び、広めていきたいナ、という思いが生まれました」
2000年シドニー五輪金メダリストも33歳となる。04年アテネ五輪では日本選手団の主将に選ばれたが、五輪2連覇を果たすことができなかった。08年、北京五輪代表の座を逃して引退、柔道指導者の道に入った。2年間、日本オリンピック委員会の指導者海外研修員として英国に派遣され、欧州の柔道指導法・柔道事情を研究した。
現在は日本男子コーチだけでなく、東海大学の専任講師を務め、同大柔道部の副監督として後進の指導にあたっている。100キロ級の五輪代表候補の羽賀龍之介らを育てた。「僕らは勝つことを宿命づけられている大学です」。どうしても勝たなければならない。柔道家なら日本一、日本代表なら五輪金メダルを狙っていく。だが勝つだけではいけない。「柔道はほかのスポーツとは何が違うのかから入って、柔道の本質を教えていく。競技だけでなく、精神面をしっかり教育していくことが大事なんです」
生真面目な井上は「最強だけの柔道家にはなるなよ」とよく口にする。「最高の柔道家も目指さなければいけない。それが理想なんです。僕自身がまだたどりついていない部分がありますけど、学生と一緒に成長してくことが重要だと思っています」。柔(やわら)の道はかくも、奥が深いのである。