性的マイノリティーとタブー

筆者は、家庭にタブーが生まれるとき、「恥」「短絡的思考」「断絶・遮断」があると考えている。

向坂さんの両親、特に母親は、精神的に幼く、子供の頃から向坂さんや向坂さんの妹に、「お父さんは教養がない」「不潔」「ギャンブル好きで金銭に無頓着」「離婚したい」などと愚痴をこぼしたり自分の悩みを相談したり、精神的に寄りかかってくることが頻繁にあった。

そのため向坂さんは、母親の影響で、子供の頃から父親に対して「恥」を、母親に対しては「恥」ではなく「呆れ」を強く感じていたという。母親は、自分が思い描いた娘像や夫像、家庭像があり、それを大きく逸脱することが許せない人だったのではないだろうか。

だから、娘の性同一性障害を受け入れられない。向坂さんは、子供の頃から性別違和を感じていたにもかかわらず、子供にとって一番身近で頼れる存在であるはずの母親に相談できないまま大人になり、パニック症や離人症を発症してしまった。

いわば、両親が性的マイノリティーに対して「恥」「短絡的思考」を持ち、世間や向坂さんに対して「断絶・遮断」している状態だったのだ。

そして向坂さんは、自分の心を守るために、高校入学と同時に性別について考えることを強制的に中止する。それまで十分すぎるほど悩みに悩んできた向坂さんにとって、「短絡的思考」はなかったかもしれないが、考えることを強制的に中止する行為は、「断絶・遮断」だったに違いない。そのため、「女性として生きよう」と決意した向坂さんは、結婚という悪手を選んでしまった。

一方、元夫には、「短絡的思考」や「断絶・遮断」が顕著だ。フィクションや想像力をなりわいにするSF漫画家だったにもかかわらず、現実の一番身近で性別違和に悩み苦しむパートナーを理解しようとせず、ただ自分のためだけに向坂さんをつなぎ留めようとした。

もしかしたら向坂さんは、依存気質の母親の元で育ったせいで、依存気質の人を引き寄せてしまったのかもしれない。

男女別のトイレを意味するピクトグラムにレインボーのステッカーが上から貼られている
写真=iStock.com/cmannphoto
※写真はイメージです

紆余うよ曲折の末、性別移行が完了した今、「性同一障害を言い訳にすることなく、『ひとりの男性として人生を全うすること』を目標に生きていく」と向坂さんは語る。

思いのほか遠回りをしてしまったかもしれないが、人生に無駄なことはひとつもない。2022年6月現在、23歳の長男と20歳の長女との関係は良好。性同一性障害について話すことがタブーとなっていた母親とも、2019年に関東で十数年ぶりに再会を果たした。今まで渇望してやまなかった男性としての人生を、これから存分に享受してほしい。

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