未曾有の危機で、世界の雇用情勢は厳しさを増している。一方、日本の失業率はこの1年でほとんど変わっていない。日本企業は正念場を迎えている――。

バランスが求められる株主と従業員への対応

雇用情勢の厳しさを世界各地で伝える記事が新聞によく載るようになった。たしかに、激しい景気の落ち込みである。前回のこのコラムで書いたように、「100年に一度」はおおげさだと思うが、第一次オイルショックで日本沈没と騒がれて以来の景気悪化であろう。しかも、悪化のスピードは前例がないようなスピードである。

その景気悪化の状況の中で、日本企業は雇用問題にどう対応しようとするのか。ここで、経営の基本的なスタンスが試されている。それは、株主と従業員との間のバランスの取り方についての基本的スタンスである。

株主への対応とは、配当の額の決定である。従業員への対応とは、人件費総額の決定である。そして人件費総額は、雇用量と賃金水準で決まってくる。両者への対応を完全に二者択一で行うことは普通はないだろう。バランスの取り方の問題になる。優先順位のつけ方と言ってもいい。株主への配当を減らすことと、人件費総額の減少を進めることを、どの程度にバランスするか、ということである。

今回の経済危機でアメリカが大きなダメージを受ける前までは、アメリカ型経営に日本の風潮の表層は流れていたように思う。企業は誰のものか、という点で言えば、株主重視と言わなければマスコミで非難されるような風潮があった。しかし、いったん景気が前例のないスピードで悪化していく中、企業が雇用面でまずできる対策をということで派遣社員のカットを始めると、「派遣切り」といってマスコミはまた非難する。

たしかにこのところは雇用削減に関する報道が多いが、2009年3月期の決算では決算処理としての配当の問題も登場する。従業員を大切にしたいという思いをもった経営者が日本企業にはかなり多いと私は観察しているが、それでも株式会社として株主への配当も気にしなければならない立場に同じ経営者がいる。さて、ギリギリの選択を迫られたら、日本企業の多くはどうするのか。通常時には、「株主も、従業員も大切」と言っていた経営者も、いざこれだけ厳しい状況になり、トヨタやソニーですら営業赤字というような環境になってくると、どちらにもいい顔をし続けるわけにはいかないのである。

この3月期の対応は、「企業は誰のものか」というコーポレートガバナンスの基本的課題に対して、日本企業がどのような答えを出すのか、そのリトマス試験紙になるであろう。