かつて“映画の街”と呼ばれた東京・青梅に、1軒の映画館が復活した。地元出身で4軒の飲食店を経営する菊池康弘さんは、そのために1億円を投じた。コロナ禍で本業も赤字のなかで、なぜ映画に情熱を燃やすのか。ノンフィクション作家の黒川祥子さんが取材した――。
映画館のなかった“映画の街”
東京都青梅市――。かつて、その街は近隣でもとびきり栄えていたと聞く。繊維産業で非常に潤い、山深い奥多摩を背後に擁しながら、映画館が3館もある“映画の街”としても名を馳せた。
ここ20年程は街並みのあちこちに映画看板が立ち並び、“昭和レトロ”な雰囲気で町おこしを図ってきたものの、とっくの昔に肝心の映画館は消え失せていた。この東京西端に位置する街に、半世紀ぶりに映画館が復活した。
その名も「シネマネコ」。かつて養蚕が盛んだった青梅は、蚕をネズミの害から守ってくれるネコを大事にする、“ネコの街”でもあったことから命名された。
本来なら1カ月前のオープンを予定していたが、東京都に3度目の緊急事態宣言が発出されたことで延期となり、6月4日、文字通り“逆風”の中での船出となった。
水色に塗られた板張りの、小ぢんまりとした平屋建て。玄関の三角屋根が可愛らしいレトロな外観の建物は、「旧都立繊維試験場」として昭和10年に建てられたもの。平成28年に国の登録有形文化財に指定され、織物の街・青梅の歴史を今に残す、一つの象徴でもあった。
この歴史的な文化財が、リノベーションされて、東京都で唯一の木造建築の映画館となったのだ。
最新の映像設備と、館内の360度を取り囲む高性能の音響装置。全63席のシアタールームの客席に座ってふと天井を見上げると、そこには木造の梁が見える。まさに、85年前の建築と最新のシアターが融合する空間となっている。青紫色の重厚な椅子は、新潟県十日町市で閉館したミニシアター「十日町シネマパラダイス」で使用していたものを譲り受けたという。
“映画の街”という横糸と、「青梅夜具地」という織物産業で栄えた歴史という縦糸に、さまざまな人の想いが織り混ざり、新しい映画館は出来上がった。