ネット右翼とはどういう人たちなのか。元ネット右翼で文筆家の古谷経衡氏は「実生活に不満を持つ貧困層だという通説があるが、誤解だ。ネット右翼には、世襲の小自営業者や定年後の元企業戦士といった中産階級が多い」という――。
パソコンのキーボードに映る大きな手の影
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デモや集会で見えた「顔の見えないネット右翼」の正体

中沢啓治の代表作『はだしのゲン』は誰しもが読んだことのある傑作漫画である。原爆投下前の広島で、反戦主義者のゲンの父・中岡大吉を「非国民」と決めつけ、執拗しつような誹謗中傷を主導したのは、「町内会会長」こと鮫島伝次郎であった。

鮫島は被爆するが生き残り、戦後は反社勢力と結託して広島県議会議員に登り詰める。が、原爆投下前の時点では単なる町内の名士に過ぎず、大資本家でも財閥の重鎮でもない、いわば中産階級であった。

丸山眞男は1930年代に勃興した日本型ファシズムの「下から」の担い手を「中間階級第一類」と名付けた。それは中小・零細企業経営者、工場管理者や主任、独立自営農民、下級官吏など、いわば社会の下士官であり、典型的な中産階級といえる。

『はだしのゲン』は中沢の被爆経験を基にしているものの、鮫島の造形はフィクションだ。しかし、権力から宣伝されるプロパガンダを無批判に信じ、共同体の中に異物を創作して攻撃し、徹底した排斥を行うことに快感を覚えるこれらの人々が、社会の中では決して特権階級などではなく、ごく普通の中産階級であるという丸山の指摘と、鮫島の造形は驚くほど重なっている。

ネット右翼はネット上で差別的・排外的な言辞を弄する者とされるが、実際にはその上位にいる所謂いわゆる「保守系言論人」の言説をコピーするだけの熱心なファン・購買層に過ぎない。ネット右翼が日本社会の中で可視化されたのは2002年の日韓ワールドカップ以降であるが、ネット上でのみ活動をほぼ完結させる「顔の見えない」彼らの社会的階級については、当初から「貧困層」との通説が闊歩かっぽした。

ネット上で飽きることなく毎日のように他民族へ差別的価値観や歴史修正史観を展開し、「左翼(パヨク)」と見做みなした政党や政治家、メディアや個人を徹底的に攻撃する。社会通念上の常識に従えば、朝から晩までネットに接続して書き込みを行い、なかんずくそれが攻撃的姿勢を帯びているとなれば、これは「暇人・鬱憤うっぷん晴らし」と見做される。

正業に就いている者であれば、四六時中ネットに書き込む時間は無いし、中国や韓国や朝日新聞に対し異様な敵愾心てきがいしんをあらわにするのは、実生活でのストレスのはけ口、と考えられて当然だからだ。こうしてネット右翼は非正規雇用者やニートであり、経済格差の中から生まれた貧困層による憂さ晴らしという見方が、ゼロ年代には寡占的になった。

しかし、ネット右翼は社会的底辺である、という通説を俗説とし、これを間違いだと言い続けてきたのが筆者である。

なぜなら筆者は、2010年ごろにネット右翼やそれを包摂する保守界隈から商業ライターとしてデビューし、その界隈との密接な関係を何年も継続してきたいわば「中の人」だったからだ。ネット右翼と言っても、その行動は必ずしもネットの中に自閉しているものでは無い。各種のデモや集会、イベント、勉強会などと称して彼らは現実社会に登場してくる。

「ネット右翼は生活困窮者」という誤解

その中で最も衝撃的だったのは、彼らの中に生活困窮者は皆無で、むしろ生活に比較的余裕のある中産階級が寡占しており、その中には中小・零細の企業経営者が多数含まれていたからである。彼らは自己所有の不動産を持ち、自家用車を保有し、少なくない現預金や株式すら保有し、かつ運用を行っている場合もある。相当の富裕層とはいかないまでも、食うや食わずの貧困層は全くと言ってよいほどいなかった。

そこで私は、2013年に彼らに対して大規模調査(サンプル数1030名、平均年収450万円、男女比75:25。詳細は拙著『ネット右翼の終わり』〈晶文社〉などに詳述)を実施した。案の定、四大卒以上が60%を超え、平均年収は日本の勤労者の平均年収よりやや上にあった。職種については自営業者、自由業、管理職、士業など、大都市部における典型的な中産階級であり、丸山の言う「社会の下士官」に当たる。この調査から現在約8年が経過しているが、基本的に彼らの社会階級は変わっていないと類推される。

ネット右翼の世界は、惑星の大気循環に似ている。ネット右翼が最も信頼するネット動画はアーカイブとしてYouTube等に残る為、そこに触発されたユーザーはいつでもネット右翼的世界に参入できるし、また一方(そのほとんどが人間関係や金銭問題を理由とするが)、ネット右翼的世界から距離を置いて離脱する者も同数いる。

こうしてネット右翼の総人口は、ここ10年に限っても筆者の推計では全国に約200万~250万人と変わらず安定し、数次の国政選挙においてもそれは実証されている。では、彼らの実際の人定とはどのようなものなのだろうか。以下、筆者の体験と取材を軸としながら彼らの実相に迫っていく。