中小・零細企業の世襲経営者の多くは「社会的言語」を持たない
名前は明かさないが、私が知り得る範囲において、複数の某保守系言論人の熱心なパトロンになった中小・零細経営者5名は、全て比較的経営基盤を確立させた世襲経営者であり、職種は倉庫業、警備業、飲食業、運送業、リース業等であって、そのすべてが50代以上の中年男性層であり、いずれも従業員数で20~100名を超えない中小・零細企業経営者である。
言ってみれば彼らは、中小・零細企業がゆえに経団連などの大企業団体に所属しているわけでもなければ、その事業規模の小ささゆえに特定の政党に対して圧力団体になり得る政治的影響力を全く持たない。
筆者は、世襲経営者がダメと言っているのではない。世襲経営者が先代以上に会社を拡張した例はいくらでもあるし、世襲経営者の全てが学究的探訪に疎いわけではない。しかし日本に溢れる中小・零細企業における世襲経営者の少なくない部分は、自らの「社会的言語」を持たない代わりに時間的・経済的余裕を有している場合がある。
その中で、いつの間にか自らが保守系言論人の受け売りをして、中国・韓国を呪詛し、朝日新聞の廃刊を訴えるネット右翼に変貌し、彼らに潤沢な経済支援をするパトロンに変貌していく様は、この界隈では恒常的に見受けられる。
第一世代の経営者はネット右翼のパトロンにはならない
一方、企業経営者の中でも一代で起業を成功させ、自らの努力によって自社を大規模に成長させた第一世代の経営者は、こうしたパトロン的行為を行うものは極めて少ない。
例えば、一代で日本有数のホテルチェーンを築いたAPAグループの元谷外志雄氏は、保守系言論人に自らの懊悩や主張を仮託するという行動をとらず、自身をして「藤誠志」というペンネームで歴史修正的価値観を満載した小冊子に寄稿し、これをグループホテルの客室に置き、また「勝兵塾」という私塾を自身で運営している。
APAグループの客室に置かれた小冊子には「南京大虐殺否定」などの記述があり、英訳部分もあることから大きな問題になったが、その是非はともかくとしても、一代で企業経営を成功させた企業人には自らの世界観を他者に仮託することなく自らで表現したいという欲求があり、保守系雑誌への広告出稿や懸賞論文の開催などで保守界隈に大きな影響力を担保するものの、その発信主体はあくまでも自分自身である。
このほかにも、やはり一代で日本有数の化粧品会社を築いたDHCグループの吉田嘉明氏も同じで、自ら「DHCチャンネル」というCS放送(後にCS放送から撤退し、YouTube配信専門になった)を創設し、自身のオピニオンを色濃く表現した番組制作に専心している。こうしてみると、一代目で成功した企業経営人と、世襲経営者の違いは歴然としていると言える。