1 世襲の小自営業者
筆者は2019年に初の長編小説『愛国商売』を上梓した。この小説はエンタメ的な要素を多分に含んでいるが、ネット右翼とそれを内包する保守系言論人の経済的実相をできるだけ忠実に、デフォルメしつつリアルに描いたつもりである。
所謂保守系言論人のほとんどは、一部の例外を除き、ネット右翼を相手に自著の宣伝(出版収入)、オンラインサロンなどの勉強会(会費収入)、講演会(講演収入)の主力三本でその収入が成り立っている。この中でも、とりわけオンラインサロンなどを通じて昵懇になったネット右翼と保守系言論人の間に、ある種のパトロン関係が形成される場合が非常に多い。
中・近世期の欧州において、王侯貴族や商業団体が芸術家のパトロンになり、生活を保障する代わりに思いどおりの肖像画や宣伝絵画等を描かせた故事に極めて似ている。こういった保守言論人のパトロンとしての存在に該当するのは、ほぼすべて中小・零細企業を経営する自営業者であり、なおかつその地位は二世・三世の世襲の自営業者が圧倒的に多い。
世襲の自営業者は、当然先代から受け継いだ事業を運営し、拡張する責務を負っている。が、自身がゼロから起業したわけではないので、往々にして実存への不安を抱えている。果たして自らの企業人としての人生がこれでよいのか、自らが信じてきた世界観が正しいのか、という問いを常に持っているが、そもそも世襲経営者としての進路が若い頃から決定されているので、人文科学系統の書籍に触手を伸ばし、世界を体系的に理解しようとする学究的探訪については乏しい。
保守系言論人に主張を仮託し、事業への出資まで行う「パトロン」に
つまり彼らは世襲経営者としてさまざまな困難に直面するものの、自らの懊悩を体系的に表現したり、主張したりする知識の蓄積を持っていない。そこで登場するのが極めて簡便に接触できるインターネットでの言説や動画で、ひいては「ネットDE真実」に代表される「マスコミでは報じない社会・政治・経済・歴史の真実」というものである。
自らの主張を体系的に表現する知識の蓄積や訓練を行っていない彼らは、こういった動画に飛びつき、自らの懊悩を代弁してくれる保守系言論人にその主張を仮託するばかりか、世襲経営者として時間も金銭も余裕がある場合は、定められた会費以上の寄付を行ったり、保守系言論人の事業そのものに出資する文字どおり完全なパトロンになる。