授業中も仕事中も忘れられない

ドーパミンの役割はつまり、何が重要で何に集中を傾けるべきかを伝えることだが、ここで言う「重要」とはよい成績を取ることでも、キャリアアップすることでも、元気でいることでもない。祖先を生き延びさせ、遺伝子を残させることだったのだ。スマホほど巧妙に作られたものが他にあるだろうか。

ちょっとした「ドーパミン注射」を1日に300回も与えてくれるなんて。スマホは毎回あなたに「こっちに集中してよ」と頼んでいるのだ。

レストランでの食事中にスマホを操作する男性の手元
写真=iStock.com/Sasithorn Phuapankasemsuk
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授業中や仕事中でもスマホのことを忘れられないなんて、おかしいだろうか。スマホを取り出さないことに知能の処理能力を使ってしまうなんて。あまりに魅力的で、一緒に夕食を食べる仲間がつまらなく思えるほどなのだ。10分間隔で新しい体験と報酬を与えてくれる存在。それを失うと、ストレスを感じる。いやパニックに近いかもしれない。ちっともおかしくはない。そうでしょう?

マルチタスクによって間違った場所に入る記憶

アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』(新潮新書)
アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』(新潮新書)

記憶は脳の様々な場所に保存される。例えば事実や経験は俗に記憶の中枢と呼ばれる海馬に入る。一方で、自転車に乗る、泳ぐ、ゴルフクラブでボールを打つといった技術を習得するときには大脳基底核の線条体という場所が使われる。テレビを観ながら本を読むなど、複数の作業を同時にしようとすると、情報は線条体に入ることが多い。つまり脳は、事実に関する情報を間違った場所へ送ることになる。一度にひとつのことだけすると、情報はまた海馬に送られるようになる。

例えばニューヨークで散歩していたときに超美味しいチョコレートドーナツを食べたことがあるとしよう。またニューヨークに行ったり、別の場所でドーナツを食べたりすると、記憶が甦ることがある。そのときと同じ服を着たり、チョコレートのかかった別の美味しいものを食べたり、ニューヨークにいたときと同じ気分になったりしてもだ。脳は連想が大得意で、何らかの形でその出来事を思い出させるような小さな小さな手がかりを頼りに、記憶を取り出すことができるのだ。