鉄鋼業界には大逆風だ。だが、世界の趨勢は「グリーン製鉄」に方向転換している。環境技術先進国とおごる時代は過ぎ去った。欧州勢が中国企業とも提携し、巨額投資で低炭素技術の開発に取り組む一方、日本の鉄鋼業界はこの試練を乗り越えられるのか——。
今年改修される日本製鉄室蘭製鉄所の高炉(中央)。AIが導入されるなど最新鋭の高炉になる。
写真=北海道新聞社/時事通信フォト
今年改修される日本製鉄室蘭製鉄所の高炉(中央)。AIが導入されるなど最新鋭の高炉になる。

経団連・中西宏明会長も「達成が極めて困難な挑戦」と述べた

「寝耳に水だ。唐突すぎる」——。

菅義偉首相が所信表明演説で2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする「脱炭素宣言」をするとの情報に触れた直後、日本製鉄の橋本英二社長は周囲にこう漏らした。

その直後、橋本社長は政権の真意を探るため、渉外担当の幹部たちを経済産業省に向かわせた。

経団連の中西宏明会長(日立製作所会長)も菅首相の所信表明を受けての声明の中で、「達成が極めて困難な挑戦」だと述べるなど、経済界には厳しい宣言となっている。

鉄鋼業界は長く、新日鐵住金(現・日本製鉄)が歴代、会長を輩出するなど、財界の中でも別格の存在とされてきた。だが、環境問題となると旗色が悪い。

地球温暖化問題の議論が世界的に盛り上がった2010年初頭のことだ。当時、新日鉄会長だった三村明氏は経団連会長の座を虎視眈々と狙っていた。しかし、「二酸化炭素(CO2)の排出権取引など環境問題に消極的だ」(経団連会長OB)などの批判からその夢は打ち砕かれた経緯がある。

「排出量で産業界の5割弱」鉄鋼業界との調整は避けられない

鉄鋼や石油、化学といった「重厚長大」産業の企業が要職に就く経団連にとって「2050年温室効果ガス排出ゼロ」の問題は利害が直接ぶつかり合う難題だ。

経団連事務局幹部も「経団連としては総論賛成だが各論になると意見が対立して調整が難航する。CO2の排出量が日本の産業部門全体の5割弱を占める鉄鋼業界との調整は頭の痛い問題だ」と打ち明ける。

特に、新型コロナウイルスの世界的な感染で鉄鋼業界を取り巻く環境は「過去最悪の状態だ」(日本製鉄幹部)というのが実情。日本製鉄の2021年3月期の連結最終損益(国際会計基準)は1700億円の赤字になる見通しだ。過去最大の赤字だった前期の4315億円よりは改善するが、リストラ費用に加え、環境対策投資がのしかかると財務をさらに毀損きそんする。

JFEホールディングスにしても同様で、今期1000億円の赤字見通しだ。

大手証券アナリストは「まさに世界の鉄鋼業界はパワーゲームの状態に入った。資金力の差がそのまま生き残りの条件になる」と分析する。