日本の市場は、その特殊性から「ガラパゴス」に例えられる。日本市場と世界のニーズとの隔絶が問題視される中、その特殊性をうまく活用すべし、と筆者は説く。
環境の特異性が産業の発達を左右する
南米エクアドル沖1000キロの太平洋の中に、ガラパゴス諸島という火山性群島がある。赤道直下で、近くに大きな陸地はまったくなく、その孤絶した、しかも厳しい自然環境がゾウガメなどの特異な進化を育み、この群島にしか見られない固有種が多い。
そのガラパゴス諸島と日本が似ている、という話がここ数年、よく語られるようになってきた。日本市場という、嗜好や品質にうるさい、しかもある程度の経済水準の顧客が多い「世界でも稀な」場に適応するように企業が製品開発を続けると、あたかもガラパゴスゾウガメと同じように、他の市場とは隔絶した製品の進化をしてしまう、というのである。
そして、世界の市場、とくに新興国市場は、製品のタイプも品質も価格要求も、日本とは異なる市場で、日本市場はガラパゴス環境なのだという。新興国では、製品の機能はもっとシンプルでよく、品質も日本ほどうるさく言わない。しかし価格は低くないと買ってくれない。そこで受けいれられるような製品を日本企業は作れなくなってしまったために、日本企業の国際的プレゼンスは低くなってしまった、というのである。
たしかに、その種の現象はある。携帯電話などがその典型例であろう。日本独自の規格、日本独自のニーズ、それに過剰適応して海外市場ではすぐには生きていけない種が、たしかに日本の産業の中にはある。
しかし、特異な発達経路はどこの国の産業でもたどる。フランスで香水産業が生まれたのは、フランスでは頻繁な入浴の習慣がなく(水の供給という問題が根っこにありそうだ)、そのために体の臭い消しとしての必要性があったからである。アメリカで自動車産業が発達したのは、広い国土ゆえの輸送需要と石油供給の豊かさ、そして鉄鋼製品の供給の豊かさ、その3つが同時に存在した国だったからではないか。
細かな金属加工、木加工の必要な製品に日本が伝統的に強いのも、日本列島の環境の一種の特異性を抜きにしては語れないだろう。たとえば、太陽の光と雨の多さが、日本列島ではむかしから鉄の生産を持続的に可能にした。鉄を作るエネルギーを木材から得ても、森林が再生可能だからである。もっと乾燥し、かつ少し気温の低い中国大陸や朝鮮半島では、鉄の生産の拡大とともに森林が消えていってしまい、それが鉄の生産の上限を決めてしまった時期があったようだ。だから、江戸時代から日本では木材加工のために鉄器(刃物)の生産が大量に可能となり、多くの職人がそれを手に入れることができた。それが、木工などの職人芸を育てる条件をつくり、明治維新後の日本の工業の発展の一つの基盤になっていった。東芝の創業者の田中久重はからくり職人であった。