中国には晋商人という、信頼を基盤として商行為を行う一団が居た。日本の近江商人やマックス・ウェーバーの逸話を例に、ビジネスにおける信頼について考察する。

商取引を支えた一種の人質システム

ヨーロッパの大学で研究している中国人の研究者が私の研究室を訪ねてきた。信頼の研究をしているという。私の研究室のメンバーが行っているビジネス・システムの研究に関心を持ってくれたようだ。「信頼研究」という新しい雑誌への協力を頼みたいというので、日本にやってきたという。信頼について話しているうちに、近世の商取引と信頼についての議論に花が咲いた。日本の近世では近江商人が活躍したが、明から清の時代にかけての時代の中国では山西省に本拠を置く晋商人が中国国内の遠隔地取引で活躍したという。本支店間の為替システムをつくり、商取引のリスクを削減する方法も生み出していたようである。晋商人の間では、信頼が不可欠の資産となっていたという。文書化された契約に頼ることなく、お互いの約束が固く守られていたという。お互いの間だけではない。晋商人全体の信用を守るため、取引相手の商人や市民との約束もよく守られていたという。清の時代には税金の徴収を請け負うほどの信頼を得ていたそうだ。

この信頼関係を支えていたのは、一種の人質システムだという。晋商人は主要な人材を地域コミュニティーから採用していた。近江商人と同じだ。商人や使用人の妻と子供、両親などの家族は地域社会に残されている。この家族が、信頼を担保する人質になっていったという。遠隔地で仕事をしている商人や使用人も、家族のことを考えたら悪事ははたらけない。家族に損害賠償が要求されるということではないだろう。地域社会からの冷たい目が強力な制裁になるからだ。日本語でいう世間の目による制裁だ。しかし、事業が発展し、地域社会の人材だけは成り立たなくなると、このシステムはうまく機能しなくなった。