若者の学力低下に歯止めがかからない。基礎的な読み書きや計算能力の欠如を招いた教育の影響は、人格形成にも及んでいる。日本の教育が抱える本質的な問題に迫る。
分数計算ができない大学生
今回から伊丹敬之教授に代わり、この連載コラムを担当します。流通やマーケティング研究を専門としていますが、理論より新しいビジネスの動きを現場で探るのに関心があります。また最近では仕事柄、ビジネスと教育の狭間で教育現場人として活動しています。というわけで、本コラムでも、流通やマーケティングの現場と、ビジネスと教育の狭間の話が中心になります。
さて、今回は後者の話で、「若者の〈学力〉の貧困」の問題を取り上げる。この問題、いろいろな調査結果も出ており、それなりの対処がなされている。だが、その解決は思うほど簡単ではないように思う。どうしてか。それを考えてみよう。
子供たちの基礎〈学力〉が落ちていると言われる中、「ゆとり教育」の見直しが行われた。ゆとり教育とは、学習内容および授業時間数の削減、完全学校週5日制の実施、総合的な学習時間の新設、絶対評価の導入を骨子とするもの。それに対して、新たに誕生した教育指針では、授業日数および算数・数学、理科、外国語の授業時数の増加が図られ、どちらかというと昔ながらの詰め込み型の色彩が濃い。
それに合わせて、文部科学省では、2007年度から「全国学力・学習状況調査」を実施した。その結果が公表され、各地域においても〈学力〉に対する関心が高まった。私が住む大阪府の橋下徹知事は、府下各校の〈学力〉テストの不振に業を煮やしたか、「100マス計算」「漢字の反復学習」といった基礎〈学力〉向上に向けた学習方法を府内各校に取り入れた。その成果は、府県別〈学力〉順位が少しずつ上昇するという形で表れている。
こうして、近時、わが国の義務教育においては、〈基礎学力の見直しと強化〉が喫緊の課題と見なされるに至っている。その流れは、義務教育にとどまらず、大学という高等教育機関や社会の職場にも及ぶ。
「最近の大学生は、漢字を書けないどころか読めない。分数計算ができない」といった話題が大学教員の方からよく出てくる。「ゆとり教育のせいだ」という人もいれば、「豊かな社会の必然的な結果だ」という人もいる。理由はよくわからない。だが、現実に学生のそうした〈学力〉不足は大学教育における切実な課題となり、それへの対処に学習指導センターなど、新たに機能を学内に設ける大学が増えている。
学力に神経を尖らせるのは企業もそうだ。とくに新入社員の採用では、〈学力〉チェックを必須の要件とするようになった。そのため、「能力検査(基礎・実務基礎・事務)」や「性格検査」等の採用テストが、SPI(総合適性検査 Synthetic Personality Inventory)を筆頭に就職試験において大流行。
それらの筆記テストの役目は、学生の基礎能力(学力)を測ること。テストの出題傾向を編集した本には、それこそ昔懐かしい鶴亀算とか流水算が並ぶ。漢字テストや四文字熟語テストもある。この筆記テストは、企業の採用プロセスの第一ステップとなる。たとえば、100人足らずの新卒者募集に、1万人を超える就活学生のエントリーがあるのが現状。それに対して、このテストでふるいにかけられて、7割ほどの学生が足切りされるといわれる。