リーマンショックからはや2年が過ぎた。この2年間の世界の主要株式市場のパフォーマンスを比較してみると、東京市場の回復の遅れが目立つ。ショックの震源地であったアメリカはおろか、この間に金融不安に見舞われた欧州よりも市場の回復は遅れている。この現状を見ると、東京の証券市場をニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際金融市場にするというかつての自民党政権時代につくられた目標の実現は難しそうだ。それどころか、シンガポールや香港、さらには上海との競争すらおぼつかないというのが悲しい現状かもしれない。なぜこうなってしまったのか。私は金融市場のグローバル化の戦略が失敗したためだと思っている。
金融グローバル化のために行われた具体的な戦略アクションはいくつかある。その多くは、海外の投資家の資金を呼び込もうとして行われたものである。
その第一は、世界に先駆けて行われた時価主義会計の導入である。これは、戦略の一環というより、バブル崩壊後の日本の金融システムに対する海外からの不安を急いで払拭するために行われたものである。第二は、四半期決算制度の導入である。第三は、米国式内部統制の導入である。同時に企業経営に関しても、株主の利益を追求することが正義だという思想の浸透が経済学者を動員してはかられた。これらの制度と精神の改革は、海外の投資家の期待にこたえようとしたものであったが、意図せざる悪影響がいくつかもたらされた。まず時価主義会計制度の導入によって銀行を核とする企業間の株の持ち合いができなくなり、塩漬けにされていた持ち合い株が市場に流れ込み、株式の需給バランスが壊れてしまった。また、デフレの時期に時価主義会計が導入されたために、企業の投資意欲は萎えてしまった。企業は将来への投資よりも、現状での株主への利益分配を重視してしまった。四半期決算は、米国企業経営を劣化させた元凶ともいわれているが、日本企業の独自の特徴であった長期的視野による経営の魅力を奪ってしまった。内部統制は日本企業のビューロクラシーを助長し、柔軟性を奪ってしまった。企業は株主の利益を第一に経営されるべきだという企業観は、経営者や従業員の企業への一体感を奪い、企業の元気をなくすのに貢献した。
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