人口13.5億人の巨大市場・インドで、スズキは圧倒的なシェアを確立した。スズキの鈴木修会長は「最初から第三者ではなく、当事者として言うことは言う。分け隔てなく接したことで、インドの人たちが仲間だと思ってくれるようになった」という——。(聞き手・構成=ノンフィクション作家・野地秩嘉)

※本稿は、グルチャラン・ダス、野地秩嘉『日本人とインド人』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

スズキの鈴木修会長
撮影=上野英和
スズキの鈴木修会長

「個室は絶対認めない」事務所は日本流の大部屋

スズキは今年(2020年)、100周年です。当社がインドに進出したのが1983年ですから、すでに40年近くが経っていることになります。おかげさまでインドで走っている車の半分は、スズキの車になっています。

2019年、インドの自動車産業は経済成長の鈍化で売れ行きが伸びませんでしたが、今後はまたさらに成長していくでしょう。

インド自動車市場のシェアランキング(2019年上半期)
1位 マルチ・スズキ・インディア 48.2%
2位 ヒュンダイ 16.0%
3位 マヒンドラ・アンド・マヒンドラ 13.2%
4位 タタ 5.6%
5位 ホンダ 5.0%
6位 トヨタ 4.2%
7位 フォード 2.5%
8位 ルノー 2.3%

インドに進出したとき、私が折衝した相手はインド政府の官僚でした。日本の官僚と同じように、国を代表して事にあたるという気概を持った方だった。四角四面の人で、ジェントルマンでした。インド人らしさや、自分の個性を出すことなく、国の代表としての意識が強かった。

ただ、いざ、会社を設立して、仕事を始めたら、インドの人たちは変わりましたね。悪く変わったわけではなく、インドの慣習、風習が前面に出てきました。たとえば、工場は「日本的な経営にする。スズキが全面的に運営する」はずだったのですが、こちらに無断でボードメンバーやマネジャークラスは自分たちの個室を作っていました。

私は言いました。

「事務所のレイアウトは日本流でやると約束したじゃないか。幹部と社員の間に壁を作るような個室は絶対に認めない」

すでにでき上がっていた個室の壁を全部取り払い、大部屋にして執務するように変えさせました。これはグルグラム(グルガオン)の工場の話です。