中国で反日デモが過熱していたとき、一人の日本人だけは批判を免れていた。北京在住ジャーナリストの宮崎紀秀氏は「デモに参加した若者たちは『尖閣諸島は中国のモノ。蒼井そらは世界のモノ』と叫んでいた。ここからは建前と本音が入り交じる中国社会の有り様が読み取れる」という――。
※本稿は、宮崎紀秀『習近平vs.中国人』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
「蒼先生」と呼ばれた日本人AV女優
中国南部浙江省にある「横店影視城」は、京都の太秦のような映画村だ。
日本の植民地下の中国の町並みなどが再現されており、抗日戦争の映画やドラマの撮影拠点としてよく知られる。その上、豊島園のようなウォータースライダーを擁する巨大プールも隣接されており、家族連れで賑わう複合アミューズメントパークになっている。
2014年7月の蒸し暑いある日。芋の子を洗うような人だらけの大プールの中心に特別ステージが設置されていた。午後7時を回った頃、ステージの周りに集まった水着の客はおそらく数千人に達しただろう。日が陰り始めてもまだ高い気温と観客の熱気に包まれたステージの中央に、1人の日本人がいた。
AV女優、蒼井そら。3人組の中心で歌を歌っている。銀のウィッグを着け、その上にネズミにかじられる前のドラえもんの耳のような形の髪飾りが立っていた。
落下傘のように丸く広がったミニスカートに厚底靴。おとぎの国から飛び出してきたような装いだ。ピンクの衣装の上からでも分かる豊かなバストが、唯一彼女らしいと言えば彼女らしかった。
会場からは「蒼先生!」と掛け声がかかる。「蒼先生」とは中国での彼女の愛称だ。