先進国で賃金が伸び悩んでいる。たとえば米国の失業率は49年ぶりの低い水準まで下がっているが、賃金の上昇ペースは3%台前半と緩慢だ。日本総合研究所の井上恵理菜研究員は「IT化などで産業構造が変わった。高いスキルのある人材は給料が上がっているが、そうした人は少なく、全体として賃金が抑制されている」と指摘する――。

※本稿は、井上恵理菜著『本当にわかる世界経済』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。

失業率は49年ぶりの低水準なのに賃金は伸び悩み

米国の2019年4月の失業率は3.6%と49年ぶりの低水準となりました。一般に、労働市場がひっ迫すると、企業が雇用者を集めるために賃上げを迫られるため、賃金への上昇圧力は強まるといわれています。しかしながら、米国の賃金の上昇は前年比+3%台前半と緩やかなペースにとどまっています。

実際に、米国の失業率と賃金の関係を表わしたフィリップス曲線をみると、2010年以降、下方にシフトしており、失業率が低下しても賃金が上がりにくくなっていることがわかります(図表1)。こうした現象は、米国だけでなく日本や欧州でもみられます。

賃金低迷の原因には、循環的なものと構造的なものとがあります。循環的な要因とは、景気循環によるものです。景気が悪化すれば、企業活動が縮小するので雇用は減少し、賃金にも下押し圧力が加わりますが、景気が回復すれば、賃金の上昇ペースは再び加速することになります。

一方、構造的な要因とは、景気循環とは関係のない要因です。これは、景気が悪化しているか回復しているかに関係なく、労働市場の構造変化によるものですので、景気が回復したとしても、賃金への下押し圧力として作用し続けます。

金融危機後に長期失業者が大量発生

まず、循環的な要因としては、金融危機の後遺症が挙げられます。欧米諸国では、2008年のリーマンショック後、景気が急速に冷え込み、失業者が急増しました。景気は徐々に回復しましたが、長期間にわたり失業状態にあった人は職能スキルが衰え、新たな職を見つけることがますます困難になります。最終的にそうした人が見つけた職業は、特別なスキルがなくとも働くことができる、比較的低賃金の業種であることが多くなります。