一国全体の賃金上昇率をみる際、低賃金の業種での雇用者が増えれば、平均の賃金上昇率も抑制されることになります。実際に、雇用者の増えているヘルスケアやレジャー・外食、人的管理サービス(人材派遣業を含む)、小売りなどの業種では、相対的に賃金水準が低くなっています(図表3)。他方、情報、金融・保険といった業種では、専門性の高いスキルが必要となるため賃金水準も高いのですが、雇用者はあまり増えていません。
産業構造の変化によって、製造業など中程度の賃金水準での職を失った人は、再就職の際に、スキル不足のためより高い賃金水準の職に就くことができず、より低い賃金水準の職に就かざるを得なくなります。こうして、低賃金業種の雇用者数の割合が高くなると、全体でみた賃金水準は下押しされてしまいます。
求人はあるのにスキルを持った労働者がいない
加えて、産業構造の変化のスピードが速いため、雇用のミスマッチの問題が深刻化しています。雇用のミスマッチとは、求人はあるにもかかわらず、その職務に必要なスキルを持った人がいないため、求人が埋まらないという問題です。雇用のミスマッチは従来からある問題ですが、近年はIT化等の流れが速く、スキル習得の困難さが増しています。実際に、米国では、雇用のミスマッチを示すベバレッジ曲線が2010年以降、右上にシフトしており、過去と同水準の失業率であっても、欠員率が高くなっています(図表4)。
とりわけ、ITの知識を必要とする情報産業で、求人率が定常的に高水準にありますが、十分な雇用が確保できず、賃金の伸びが高い状態が続いています。結果として、一部の高スキルの人々の賃金が上昇する一方、そのほかの低スキルの人々の賃金が低迷しているため、全体としてみると賃金の上昇率が高まりにくくなっています。
高齢化も賃金上昇率の抑制に作用
さらに、高齢化も賃金上昇率の抑制に作用しています。高齢者は若年層よりも賃金上昇率が低い傾向にあるため、人口構成の高齢化は全体の賃金上昇率の低下に寄与してしまいます。特に産業構造の変化が速く、新たなスキルを身につけることが重要な現代にあっては、新しいことを柔軟に覚えていく能力の高い若者の割合が減ることで、労働生産性が低下してしまいます。
若者に比べ、高齢者はその後の就労可能期間が短いことや、スキル取得に長時間を要することなどから再教育へのハードルが高くなります。再教育を怠れば労働生産性が低下するので賃金上昇が抑制されることになります。