ニューディール政策はいまだ検証されていない
いまケインズ経済学は急速に再評価されつつある。これはリーマンショックの原因が新自由主義のいきすぎと考えられるからだ。
ケインズ経済学を奉じるケインジアンは1970年代のオイルショックを経た経済危機に対応できなかったとして退けられた。その代わりに主流を占めたのが新自由主義経済学を奉じる「マネタリスト」だった。
マネタリストは市場主義をとり、政府の財政出動を封じ、金利や通貨の供給量など金融政策で景気をコントロールしようとする。79年にイギリスでサッチャー首相が、81年にアメリカでレーガン大統領が、それぞれ新自由主義に立脚した政策を打ち出し、90年代には両国とも不況を脱出。金融市場の規制改革が進み、ウォール街やシティーには世界中の富が集まった。
しかしそれは典型的なバブルだった。「金融工学」の異常な発達は、世界経済危機を引き起こした。「市場の失敗」である。また金融政策の限界も露呈した。いま世界中で政策金利がゼロに近づけられているが、経済の回復にはほとんど効果がない。景気を下支えしているのは各国の財政出動だ。もはやマネタリストたちは黙るしかなくなった。
ケインズは「市場は間違いを犯す。そのときには政府が出ていかなければだめだ」と述べている。ケインズ経済学が退けられていたのは、理論的な欠陥があるからではなく、ケインズの真意をねじ曲げて彼の経済学を政治的に利用した後世の人たちの責任だといえる。
ただし、ケインズ経済学が万能だともいえない。実は、ケインズ経済学に則した財政政策は過去、これほど極端な経済危機に用いられた実績がないのだ。
戦後、最大の世界経済危機は、第一次オイルショックの73~74年である。期間としては約16カ月にすぎない。今回の世界経済危機はすでに20カ月に達している。
ケインズ経済学に基づく財政出動が最初に試みられたのは、世界恐慌下の33年、アメリカのルーズヴェルト大統領による「ニューディール」政策だった。25%だったアメリカの失業率は14%にまで下がり、誰もがケインズ経済学の有効性を信じた。ところがその効果は長期的なものではなかった。早くも37年にはアメリカ経済は再び下落に向かい始めたのだ。このときケインズは「もう後は戦争しかない」と発言したといわれている。実際にアメリカは41年、第二次世界大戦へ参戦する。
戦争特需で需給ギャップは解消されたものの、ニューディール政策が経済回復にどの程度寄与したかは、検証できなくなった。残念ながら、世界経済危機に財政出動がどの程度有効なのかは、全くの未知数なのである。
ケインズ経済学によれば、財政出動がワイズなものでなかったとすれば、来年夏以降、世界経済は再び下落に転じかねない。だが一体どんな政策ならばワイズといえるのか。結果論にすぎないともいえる。
経済学はまだ現実を完全に分析できない。これまでも経済学の主流派は経済状況の変化に応じて入れ替わってきた。ケインズ経済学は一度殺されかけたが、ケインジアンとマネタリストの双方の立場から考えなければ、現実の経済には対応できないことを心するべきだろう。
※すべて雑誌掲載当時