業態を問わず長寿企業、名家研究をしている後藤教授は長寿企業には次の6つの要件があると解説する。

(上)「古まん」22代当主、日生下民夫氏。(下)代々受け継がれる「日生下氏家宝旧記」。原本は火災で焼失したが、近隣の寺にあった写しが焼け残り、そこからさらに写したもの。「養老元年(717年)に道智上人が訪れ千日修行をすると温泉が湧いた」との記述がある。

①長期の視点を持っているか、②無理な事業拡大をしていないか、③自己の強みを追求しているか、④リスクマネジメントができているか、⑤利害関係者を長期で大切にできているか、⑥事業承継の決意と工夫があるか。先ほどの「古まん」の例では特に、②の事業拡大と④のリスクマネジメントへの対応、⑤の利害関係者を大切にするが当てはまる。

企業が事業の拡大を目指すのは当然だ。しかし、無理をした会社が100年を超える長寿企業になるのは難しいと後藤教授は話す。

「日本には『身の丈経営』という言葉があります。実は英語にも中国語にもフランス語にも、これに該当する用語がなく、日本独特の概念だと考えられます。ただし、事業拡大や新事業を禁じているわけでは決してありません」

これは、江戸初期から続く名家でも家訓として代々受け継がれているという。

新事業をするときは皆に相談せよ

「たとえばキッコーマンは醤油醸造8家が共同で設立した会社ですが、その1つの茂木家には、『新事業をするときは皆に相談せよ』という家訓がある。新事業にはリスクがあるから独断ではやるなという戒めです」

長く続く名家にはしっかりと言い伝えとして残っている。

④のリスクマネジメントに関しては、主に3つの危機への対応が求められるという。

「企業にとっての危機は、自然災害、政治的な変革、業界固有の変化の3つがあります。自然災害は地震や津波などを指し、政治的な変革は明治維新や戦争。業界固有の変化には、現在ではIoTやAI、かつては60年代のモータリゼーションなどが当てはまります。戦争での需要減や、災害による被害を乗り越えた『古まん』もその典型例と言えます」

⑤の利害関係者に関しても、長くビジネスを展開するうえでは欠かせない。「利害関係者は株主はもちろん、従業員、顧客、取引先、そして地域社会のことを指します。これら“すべて”を長期に大切にしているかどうか。それが実行できていれば『信用』が生まれます。長寿企業には同じ会社に祖父の代から3代続けて勤めている従業員も珍しくないし、3代続けて“お得意さま”も珍しくありません」。地域社会に信用されている企業は、地域社会に支えられてもいるというわけだ。

この会社の社会における存在価値に関しては、近年世界で変化が起こってきていると後藤教授は注目する。

「最近の世界の企業経営では、私利私欲のためではなく、他人のため、社会のために事業を行っているかという哲学が求められるようになってきています。日本の松下幸之助さんは『企業は社会の公器である』、稲盛和夫さんは経営には『利他の心』が大事であると強調されています。近年ではアジア、特に中国の企業経営者も同様の思想を掲げるようになってきた。アリババの創業者ジャック・マーなどが典型。これまで拡大だけを目指してきた企業が、長く続く企業になろうとする変化の表れなのかもしれません」

後藤俊夫(ごとう・としお)
日本経済大学大学院特任教授
一般社団法人100年経営研究機構代表理事。1942年生まれ。東京大学経済学部卒。ハーバード大学ビジネススクールにてMBA取得。経営戦略、特に長寿企業、ファミリービジネスを研究する。
(撮影=土屋 剛)
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