「人事評価が正当に行われていない企業が多い」。労働問題を扱い、数多くの経営者、企業内部を見てきた島田直行弁護士は言う。よくあるパターンは、評価されるべき人がされていないケースだ。もちろん、突き詰めれば、経営者の責任だが、なぜこんなことが起きてしまうのだろうか。あなたの会社は大丈夫だろうか。どうすれば、こんな悲劇を避けられるのか――。
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人徳がない人が選ばれる……

職場では、まじめで能力がある人が昇進するとは限らない。まじめな人ほど、周囲の評価とは逆に、なかなか昇進しないこともある。人徳も能力もなくただ“要領がいい人”が、なぜか昇進しやすいというパラドックスが企業では生まれがちだ。そういった上司のもとで働かざるを得ない社員にとっては、耐えられない事態だ。なぜこんな不条理が許されてしまうのか。原因について、整理してみたい。

原因1、“達成したこと”より“失敗がないこと”が評価される組織

事業を発展させるためには、変化を求め挑戦していかなければならない。多くの企業が、“挑戦”という言葉を企業理念のなかに入れているだろう。だが実際の人事評価が、こういった挑戦を支援するものになっているかといえば、疑問が残るところがある。企業における人事評価は、加点方式の形式をとりつつも、内実は減点方式というところが少なくない。

挑戦しても、失敗すれば人事評価はマイナスになってしまう。このような状態のまま「社員の挑戦を応援する」と社長が声高に宣言しても、誰の耳にも届かないだろう。日本の組織では、失敗というものに対してあまりにも厳しい評価がされてしまう。何かを達成したことへのプラスの評価よりも、何かを失敗したことによるマイナスの評価の方が、仕事における立場に与える影響が大きい。このような評価では、誰しも挑戦における責任を負いたいとは考えない。自分が責任を求められたときには、それをいつのまにか他の人にスライドさせるようになる。

「達成したのは自分の実力。失敗したのは誰かの責任」という厚顔無恥の人こそが、組織では失敗のない優秀な人というように映ってしまう。結果として、責任をあえて果たさない人こそが管理職になってしまう。こんなことをすれば、いかに“責任”をパスしていくかが組織全体で社内政治の中心になる。気がつけば、まじめで優秀な人があらゆる責任を背負い込んで“残念な人”になってしまう。

原因2、部下の成長が評価されない組織

組織を繁栄させるためには、部下をいかに成長させるかが管理職の役割になる。ひとりでできることには、自ずと限界がある。だからこそ、人を育てて組織として事業を展開する必要がある。これは誰しも理解していることだ。

だが、会社の人事評価においては、どうだろうか。部下を成長させたということが、人事評価においてしかるべき割合で組み込まれているだろうか。そうとは限らないのが現状だ。企業の人事評価を眺めていると、やはり中心となっているのは、“その個人としてどれだけ売上に貢献したか”ということだ。個人のスキルは大事だが、それだけが評価対象になるのであれば、誰しも部下を育てようというモチベーションにはつながらないだろう。

むしろ部下が育つほどに、自分の立場が危うくなってくる。となると管理職の意識は、“いかにして自分の現在の地位を維持するか”ということになってくる。気がつけば、現状維持的な発想の管理職が中心を占めるようになる。こういった発想を管理職が抱き始めると、目線は部下ではなく自分の上司にしか向かなくなる。誰しも自分のことを慕ってくれる者には甘くなりがちで、冷静な評価ができなくなる。社長としても「管理職として、そつなくこなしている」という印象だけの評価になり、組織が膠着化していく。