やりたい仕事ができない時には転職するしかないのか。博報堂の子会社で事業創造を手がけ、執筆活動も行う川下和彦氏は「単独で行動するよりも、会社のリソースを活かしたほうが可能性は広がる。組織でオリジナルな仕事をしたければ、“サバンナ”である社外の空気を吸うことが大切だ」と強調する――。
連載『センスメイキング』の読み解き方

いまビジネスの世界では、「STEM(科学・技術・工学・数学)」や「ビッグデータ」など理系の知識や人材がもてはやされている。しかし、『センスメイキング』(プレジデント社)の著者クリスチャン・マスビアウは、「STEMは万能ではない」と訴える。
興味深いデータがある。全米で中途採用の高年収者(上位10%)の出身大学を人数別に並べたところ、1位から10位までを教養学部系に強い大学が占めたのだ(11位がMITだった)。一方、新卒入社の給与中央値では理系に強いMITとカリフォルニア工科大学がトップだった。つまり新卒での平均値は理系が高いが、その後、突出した高収入を得る人は文系であることが多いのだ。
センスメイキング』の主張は「STEM<人文科学」である。今回、本書の内容について識者に意見を求めた。本書の主張は正しいのか。ぜひその目で確かめていただきたい。

第1回:いまだに"役に立つ"を目指す日本企業の愚(山口 周)
第2回:奴隷は科学技術、支配者は人文科学を学ぶ(山口 周)
第3回:最強の投資家は寝つきの悪さで相場を知る(勝見 明)
第4回:日本企業が"リサーチ"より優先すべきこと(高岡 浩三)
第5回:キットカット抹茶味がドンキで売れる理由(高岡 浩三)
第6回:博報堂マンが見つけた"出世より大切な事"(川下 和彦)

第7回:イキった会社員は動物園のサルに過ぎない(川下 和彦)

サラリーマンが“檻”から出る意味

QUANTUM クリエイティブディレクター川下和彦氏(撮影=原貴彦)

サラリーマンとして働いていると、ある意味で“鋳型”にはめられる感覚がありますよね。組織の思想や手法に同調できる人間が評価され、できない人は排除されてしまう。そうしたあり方は20世紀の大量生産時代においては有効だったかもしれませんが、今は状況が変わりつつあります。

現代のように複雑さの増した時代には、個人が自ら考え、生き抜く力が必要です。こうした力を、私はあえて“野性”と表現していますが、長らく鋳型にはめられてきた現代人は、ある意味で野性がそがれている状況にあるのかもしれません。

こうした考え方に通じる指摘が、『センスメイキング』にありました。本書には「『動物園』ではなく『サバンナ』を」という項目があり、「現実世界に回帰せよ」といった内容が書かれています。

会社の中は「動物園」

サラリーマンにとっての動物園とは会社の中のことです。社内では、大抵の場合同じ分野の人間が同じ部署でまとまっていますよね。動物園ではライオンはライオン、キリンはキリンで同じスペースにまとめられていて、異なる動物同士がお互いに接する機会もなく、やがて本来の野性は失われてしまう。

安全な社内から社外に踏み出すことは、動物園からサバンナに出ていくことに似ています。私が意識的に社外に出て、職域外の人と出会うのも、ある意味で野性を取り戻すための行動と言えるでしょう。

社外に出てみると、さまざまな出会いがあります。ひとつの出会いが新たな出会いにつながり、自然と野性のセンスが磨かれていく感じがします。もちろん、仕事によっては社外に出にくい場合もあると思いますが、休日に社外の人と会うだけでも人生に良い影響があるでしょう。会う人数は少なくても構いませんから、その人の関心事や疑問に触れる機会を増やすことが、きっと人生の糧になるはずです。