いまビジネスの世界では、「STEM(科学・技術・工学・数学)」や「ビッグデータ」など理系の知識や人材がもてはやされている。しかし、『センスメイキング』(プレジデント社)の著者クリスチャン・マスビアウは、「STEMは万能ではない」と訴える。
興味深いデータがある。全米で中途採用の高年収者(上位10%)の出身大学を人数別に並べたところ、1位から10位までを教養学部系に強い大学が占めたのだ(11位がMITだった)。一方、新卒入社の給与中央値では理系に強いMITとカリフォルニア工科大学がトップだった。つまり新卒での平均値は理系が高いが、その後、突出した高収入を得る人は文系であることが多いのだ。
『センスメイキング』の主張は「STEM<人文科学」である。今回、本書の内容について識者に意見を求めた。本書の主張は正しいのか。ぜひその目で確かめていただきたい。
第1回:いまだに"役に立つ"を目指す日本企業の愚(山口 周)
第2回:奴隷は科学技術、支配者は人文科学を学ぶ(山口 周)
第3回:稀代の投資家は寝つきの悪さで相場を知る(勝見 明)
サイエンス偏重に警鐘を鳴らす「センスメイキング」
ものごとのとらえ方にはサイエンスとアートの二つの視点がある。サイエンスの視点は客観的・科学的・分析的・論理的であるのに対し、アートの視点は主観的・直観的・「ありのまま・まるごと」・実践的であり、すべてにおいて対照的だ。
また、筆者が20年近く一緒に事例取材を続けている世界的経営学者、野中郁次郎・一橋大学名誉教授が提唱する知識創造理論では、「知」のあり方には、言葉や数字などで表すことのできる「形式知」と、言葉や数字など表せない「暗黙知」とがあるとされる。
アルゴリズム(コンピュータなどで問題を解くための計算の方法・手順)への極度の過信に警鐘を鳴らし、「人」が生み出す「文化」への再認識を説く本書は、形式知をベースにしたサイエンス偏重の現代の潮流に対し、暗黙知の重要性とアートの復権を訴えるものにほかならない。
その方法論として、戦略コンサルタントの著者は「センスメイキング」という知の技法を唱える。センスメイキングとは著者によれば、「文化的探求」を意味し、人々が身を置く「社会的文脈」を洞察し、理解する手段であるという。
センスメイキングはもともと、アメリカの社会心理学者カール・ワイクが唱えた概念で、日本語では「意味づけ」と訳される。ワイクは、人々の行動がどのように意味づけされて決定されていくかという過程に注目した。その意味づけは、その人の置かれた社会的文脈、すなわちその社会の文化に強く影響される。したがって、ビジネスにおいても顧客を真に理解するには、背景にある文化的探求や社会的文脈の洞察を行わなければならないと著者は説くのだ。