いまビジネスの世界では、「STEM(科学・技術・工学・数学)」や「ビッグデータ」など理系の知識や人材がもてはやされている。しかし、『センスメイキング』(プレジデント社)の著者クリスチャン・マスビアウは、「STEMは万能ではない」と訴える。
興味深いデータがある。全米で中途採用の高年収者(上位10%)の出身大学を人数別に並べたところ、1位から10位までを教養学部系に強い大学が占めたのだ(11位がMITだった)。一方、新卒入社の給与中央値では理系に強いMITとカリフォルニア工科大学がトップだった。つまり新卒での平均値は理系が高いが、その後、突出した高収入を得る人は文系であることが多いのだ。
『センスメイキング』の主張は「STEM<人文科学」である。今回、本書の内容について識者に意見を求めた。本書の主張は正しいのか。ぜひその目で確かめていただきたい。
第1回:いまだに"役に立つ"を目指す日本企業の愚(山口 周)
第2回:奴隷は科学技術、支配者は人文科学を学ぶ(山口 周)
高年収者の上位10%は人文科学系だった
一時期、人工知能ブームから、「人間の仕事は人工知能に奪われるのでは」という議論が多く聞かれました。たしかに、仕事の内容によっては人工知能に置き換わるものも出てくると考えられますが、最近は人工知能の“限界”も見えるようになってきました。
たとえばiPhoneのSiriに「このへんで一番おいしいレストランはどこ?」と聞くとすぐに答えを返してくれますが、「このへんで一番まずいレストランはどこ?」と聞いてみても、やはり同じようなレストランを提示してきます。つまり、こちらの質問の意味を理解できていないのです。ここに人工知能の欠点があります。
今後、人工知能の限界がより明らかになってくると、人間の能力への揺り戻しが起きてくるはずです。そのときに問われるのが、「センスメイキング」、つまり意味を理解し、作り出す力になると考えています。
拙著『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』において、今日のように複雑で不安定な世界においては、従来のサイエンス重視の意思決定ではビジネスの舵取りができないため、美意識が求められているといったことを書きました。これもセンスメイキングに通じる考えです。