支配者は人文科学を学び、奴隷はSTEMを学んでいる

センスメイキング』は、全米の中途採用の高年収者(上位10%)に絞って調査をした結果、1位から10位までを教養学部系に強い学校が占めたという記述があります。本書においてここはひとつのポイントと言えるでしょう。

一般に、「STEM」(Science、Technology、Engineering、Mathematics)を学んだ人の平均給与は高いとされ、理系教育に注目が集まっていますが、実は母集団を高年収者に絞ると人文科学を学んだ人がマジョリティになっているのです。

極論すると、「支配者になる人間は人文科学を学び、奴隷として優秀な人間はSTEMを学んでいる」ということですから、これはショッキングな事実と言えるでしょう。

CEOに必要なのは「サイエンス」ではなく「アート」

奴隷と支配者を現代のビジネス環境に当てはめて段階をつけると、LABOR(レイバー、労働者)、PLAYER(プレイヤー)、MANAGER(マネジャー)、EXECTIVE(エグゼクティブ)、CEOに分けられます。ここでポイントとなるのは、LABORからCEOに近づくにつれ、仕事で解決すべき課題が変化し、求められるアプローチも変わってくるということです。

コンサルタントの山口周さん(撮影=山本祐之)

課題を解くアプローチとして、私が考えているのが、「サイエンス」「クラフト」「アート」の3つです。サイエンス、つまり科学的アプローチで解決できるのは、いわゆるマニュアル業務でしょう。LABORの場合、既存のマニュアルに頼れば一定の仕事の成果を上げることができます。

ところがCEOに近づくほど、サイエンスでは解けない問題が増えていきます。ここで次に頼るのが「クラフト」です。これはいわば経験や勘によるアプローチ。マニュアルに書かれていない課題にぶつかったとき、クラフトが活きてくる場面は少なくないでしょう。

ところが、現代のように変化が早い時代に入ると、クラフトを使っても対応できない課題が増えてしまう。過去の成功体験のとおりやってみても、前提となる社会環境が変わってしまっているため、うまくいかないのです。

サイエンスで解けず、クラフトも効かない――。そんなとき最後に頼るアプローチが、内在的に「真・善・美」を判断する美意識による「アート思考」です。今、世界のエリートたちが早朝のギャラリートークに参加して美意識を鍛えているのも、単に教養を身につける目的ではなく、ビジネス上の極めて功利的な目的によるものなのです。

日本のCEOのなかには、課題をサイエンスだけで解決しようとする人が少なくありません。しかし、サイエンス的なアプローチだけに頼っていては、導き出される答えも他社と似通ったものとなり、差別化の消失につながってしまいます。

CEOが本来やるべきことは、「自ら問いを立てること」です。問いとは、言い換えると「現状とあるべき姿のギャップ」にほかなりません。つまり、CEOは現状把握だけでなく、あるべき姿も描けなくてはならない。ここを突き詰めるには、「人はどう生きるのか」、「社会はどうあるべきか」といった人文科学的なリテラシーが求められます。