ソニーの社長が交代した。社長を6年務めた平井一夫氏は、在任中にソニーの業績を大きく回復させ、同社の時価総額は3倍増となった。とはいっても、そうした数字だけの回復でいいのだろうか。元ソニー社員でジャーナリストの宮本喜一氏は「ソニーらしさが伝わる製品は出てきていない」と指摘する――。
ソニーは、4月1日付で吉田憲一郎副社長兼最高財務責任者(右)が社長兼最高経営責任者(CEO)に昇格する人事を発表した。平井一夫社長(左)は会長に。

平井社長6年間を「結果オーライ」と評価していいか

今月4月1日付でソニーの社長兼CEOが交代した。その後任には、副社長兼CFOであった吉田憲一郎が昇格、平井一夫は会長となった。

2月2日の記者会見で平井は交代の理由について、「社長に就任してから2回目の中期計画の最終年度に、掲げた目標を上回るめどがついたから」と述べている。確かに数字の上では業績は回復した。ソニーの株式時価総額は、2012年4月の平井就任以降、約3倍にまで上昇した。

とは言うものの、平井主導の6年の間にソニーは本当に危機的状況から脱したと言い切れるだろうか。本稿では、あえてこれに疑問を投げかけたい。

18年3月期の営業利益が20年ぶりに史上最高になるという明るい見通しを得られるようになったのは、主に、平井・吉田による構造改革路線、具体的には財務の数字にこだわった経営路線が成功したからだろう。
だがこの6年間に、果たして、ソニーから画期的と呼ぶにふさわしい製品がいくつか生まれて来ただろうか。筆者の答えは、否、だ。

エレクトロニクス・IT業界におけるソニーの競合企業のどこからも、そうした画期的製品が生まれた例がないなら、それはそれでしかたがない。しかし、もちろんそんなことはない。ひとつだけ最近の例を挙げれば、アメリカのIT業界の雄、アマゾンが2014年、業界に先駆けて市場に投入したAIスピーカー「アマゾン・エコー」がそうだ。この製品は、技術的に傑出しているというよりはむしろ、既存の先端技術を自在に駆使して彼らの豊かな発想力によって今までにないビジネスを誘発するいわば“プラットフォーム”にまでなっている。

ソニーの製品開発力には陰りが見える

残念ながら、昨今のソニーから、このアマゾンのような製品開発の意欲が伝わっては来ない。果たしてソニーは、財務の数字を巧みにコントロールすることを重視する企業だったのか。これまで平井が世に送り出した製品は、技術より財務の数字を追いかけるほうに軸足を置いたものが多いと思わざるを得ない。そう思わせる代表的な製品のひとつが有機ELテレビだ。

ソニーは昨年6月、55型、65型の有機ELテレビ2機種を発売している。平井はそのソニーならではの特長を、画像エンジンや音響システムであると説き、「ソニーの独自色を出した」と強調した。しかし、それは競合他社製品と比較して大きな違い(平井の言を借りれば“差異化”)と胸を張って言えるのか、大いに疑問なのだ。なぜなら、“差異化した”と唱える製品の心臓部となる有機ELパネルそのものがソニー製ではなく、他社からの調達品だからだ。

そもそも世界に先駆けて有機ELパネルを開発し、その量産化に成功して有機ELテレビ第一号を製品化したのは、他でもないソニーだ。2007年12月に、11型テレビ「XEL-1」を発売している。ところが、ユーザーにとっての使用目的が判然としなかったためか、あるいは画面が小さすぎてその画質のよさをアピールできなかったためか、ビジネス的には失敗に終わってしまう。