今のソニーから、そうした消費者の期待に応えられる魅力的な製品が再び生まれる可能性はあるのか。1979年に発売され文字通りソニーの“成長ドライバー”になったウォークマンの考察から、その答えを求めてみたい。

ウォークマンを生み出したのはソニーの独創的な発想力と要素技術の開発力だった。

ウォークマンを生み出したのは今さら言うまでもなく、独創的な発想力と要素技術の開発力のふたつだった。ひとつ目は、個人が屋外で好きな音楽を楽しめる製品をつくるという発想。つまりすぐれた製品企画力。そしてもうひとつは、パーソナルポータブル機にするための主要デバイス開発力。
これまで前者には光があてられ評価されてきた。その一方で、後者はそれほど注目されて来なかった。しかし、この開発力があったからこそ「ステレオミニプラグ・ジャック」が生み出される。実はこれがその後誕生することになるパーソナルポータブルオーディオの市場のいわばプラットフォームと言ってもよい存在になっていく。

ソニーの発明がアップルに負けた日

前者の発想をもとに、ソニーは、誰もが使えるポータブル機器として成立させるため本体の動作電圧を半減させる目標をたてる。つまりそれまで常識だった6Vの動作電圧を3Vに下げるのだ。これが実現すれば、4本必要だった乾電池を半分のたった2本になり、製品は大幅に小型化できる。ただし、2本にするためのハードルは当時の既存技術にとってはきわめて高かった。そこでソニーは集積回路(IC)とモーターを新規に開発する決断をする。結果的にソニーはこの開発に成功し、おかげでウォークマン発売後の2年間、他社は技術的に追随できなかったためこの市場を独走した。つまり、ウォークマンは外観の斬新さだけではなく、当時としては文字通りのハイテク機だったのだ。

そして、そのハイテクの特長を活かしきった陰の主役が「ステレオミニプラグ・ジャック」だった。ソニーはこれを新たな業界標準にしようと考え、その技術を無償公開した。その結果、ソニーの開発した規格はポータブル機器の世界標準になり、その後のパーソナルオーディオ製品に例外なく採用されていったというわけだ。パーソナルポータブルオーディオの市場のいわばプラットフォームと述べた理由もここにある。

ところが2016年、このソニーの発明が、アップルによって否定される事態が起こる。新製品iPhone7からこのミニジャックが消えたのだ。この事実はソニーにとってふたつの意味で非常に重い。

ひとつは、ソニーのウォークマンのつくった“プラットフォーム”が否定され、その命脈が絶たれたことだ。もうひとつは、ソニー自身が自らの発明をあえて否定できなかったことだ。アップルによる否定をソニーがそれほど深刻に捉えたという様子は感じられない。もしこの指摘がはずれていないとすれば、ソニーはウォークマンの大成功を、生活文化を変化させた発想力の勝利と、ある意味で一面的に捉えているために、自分たちの独創性・強みがどこにあるのか客観的に分析する努力を怠っているのではないか。

この6年間、ソニーは「感動を与える企業になる」「製品は差異化にこだわる」と言い続けてきた。しかし、以上考察したように、昨今世に送り出された製品を見るにつけ、このお題目が十分ソニーの製品群に反映されているとは言い難い。ソニーの課題はまさにこの点にあるのではないか。