【大室】なるほど。渋谷や恵比寿にあるようなスタートアップ系企業の一部が、西海岸的な制度やカルチャーを輸入するのはいいけど、それが全国的なスタンダードになるかといったら土台無理ですもんね。「丸の内」の大企業が明日からグーグルの真似をするのはちょっと難しそうだけれど、確かにドイツのSAPだったら真似られる気がしてきますね。でもそれでいうと、シリコンバレーにいるとそういう企業の人が朝倉さんのところに来たりもするでしょ? 日本企業って、「表敬訪問」が好きじゃないですか。

【朝倉】お好きですね。正直、なかなかどう対応すればよいものか、苦慮します。皆さん、「ウチも新しいことをやっていかなきゃ」という課題意識があり、とりあえずシリコンバレーに人を送り込んでくる。僕も「現地のスタートアップを紹介してくれ」という問い合わせをたくさんいただきました。でも、スタートアップの人たちって、生きるか死ぬか、昼夜関係なく必死に開発をして働いてるんです。そこで「ちょっとオフィスを見せてくれ」と言われても、時間を割く理由がない。

朝倉祐介氏

【大室】ああいう「表敬訪問」文化って、日本企業だけなんですか? 

【朝倉】あるにはあるんだろうけど、例えばサムスンだったら研究開発センターを作って投資もして、ちゃんとコミットする姿勢を見せています。それならスタートアップ側も、会う意味がわかる。ひょっとしたら投資を受けられるかもしれないし、その後のビジネスにつながるかもしれないから。でも「とりあえず来ました」だけだったら、なんのために? となる。会って話してもいいけど、その時間分はコンサルティング・フィーを払うんですか? という話になってしまう。

スカイプを使いこなせない会社は、働き方改革ができない

【大室】日本企業は「出張予算」のような形式に関しては厳密ですが、時間あたりの成果に関しては厳しくないところが多いですよね。

【朝倉】確かに、自分たちの時間も相手の時間も、あまり貴重と感じていないのかなと思うことがままありますね。たまに僕も面識のない方からとにかく会おうと言われて、時間がないので「まずはご用件があればメールでお願いします」「どうしてもということだったら、スカイプでお願いできないでしょうか?」と言うと、「なんて失礼なことを言うやつだ」みたいなりアクションをされたことが何度かあります。逆にこっちがびっくりしますけど。「ご挨拶」だって、5分も話せば済むでしょう。

「うかがいます」と言われたって、特にオフィスも構えずに過ごしている自分みたいな人間にしてみたら、相手を迎えるために時間を確保して場所を用意することも結構なストレスじゃないですか。まったく話さないって言ってるんじゃないんだから、メールなりスカイプなりでまずは必要なコミュニケーションをして、本当に何か必要があれば会えばいい。そういうコミュニケーションのスタイルにも、もう少し寛容であってくれたらいいなと。「働き方改革」なんて言ってるけど、相手の時間を尊重することも含めて時間感覚がそんなにルーズだったら、できるわけないじゃん、って思いますよ。

【大室】30分会うにしたって、実際に会っている時間に移動時間をプラスしたら1時間程度は見込まないといけませんよね。スカイプだったら、時間が終わればカチャッと切ればいい。少し前に堀江さんの「電話してくる人とは仕事するな」という発言が話題になっていたけど、「スカイプを使いこなせない会社は、働き方改革ができない」って言えそうですね(笑)。

(第1回はここまで。次回更新は9月5日予定です)

朝倉 祐介(あさくら・ゆうすけ)
シニフィアン株式会社共同代表、政策研究大学院大学客員研究員
1982年生まれ。兵庫県西宮市出身。東京大学法学部卒。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て現職。著書に『論語と算盤と私 これからの経営と悔いを残さない個人の生き方について』(ダイヤモンド社)。
大室 正志(おおむろ・まさし)
医師、医療法人社団同友会産業医室産業医
1978年生まれ。産業医科大学医学部医学科卒。臨床研修修了後、産業医科大学産業医実務研修センター、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医を経て現職。国内大手企業、外資系企業、ベンチャー企業、独立行政法人など、多岐にわたる企業で産業医を務める。著書に『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)。

 
(撮影=堀哲平)
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