今回、話を聞いたのは全国一般三多摩労働組合の書記長・朝倉玲子氏だ。朝倉氏は、1980年代に食品会社で営業職として勤務していた。店舗周りを続けるなかで激しい腰痛をわずらい、医師から「職業病」との診断を受ける。しかし会社はそれを認めず、朝倉氏を解雇。それを機に労働組合に加入し、解雇撤回を求めて争った。その過程で、自らの経験をもとに労働相談を受ける立場になった。1994年から三多摩労組の専従書記長を務めている。2006年から14年までは東京地裁の労働審判員を務めた経験もある。
※三多摩労組は、武蔵野市や三鷹市など「三多摩地区」の労働組合で、労働者であればだれでも加入することができる。個人加入が原則で、現在の組合員は約200人。
業務量は変わらないのに残業できない
――労働相談の現場では、どのような声が多いのでしょうか。
私が受ける労働相談では、長時間労働で生計を支える人が多いので、「残業をさせてもらえない」という訴えが増えています。中小企業の場合は、残業規制が進んでいないために残業時間は減っていません。それでも、「世間の流れ」と言って強引に残業を減らそうとする会社があります。「残業代を支給したくない」という考えが、見え見えなのです。
働く側はもともと賃金が少ないから、残業代が支払われないと生活が成り立ちません。労働時間が減らされて賃金が減れば、労働者は「だったら、これまでのただ働き(未払い残業)の分を払えよ」と考えます。それは当然の主張なのですが、依然として残業代を支払わない会社があります。
残業時間の削減で、大企業の社員は過密労働になっています。参考になる事例を紹介します。15年ほど前、アメリカの外資系法人と団体交渉をしました。経理の女性社員数人が、「期限までに終わらせなければいけない仕事があるのに、残業をさせてもらえない」と相談に来たのです。
女性たちの上司は、役員のアメリカ人からの評価を上げたいようでした。残業を認めず、「残業時間の電気代がもったいない」とまで言うのです。
しかし、決算などの繁忙期には、経理の社員は残業をせざるを得ない。女性たちは隠れて残業をしていました。けれども、会社の態度は変わらない。結局、私たちの労働組合に入り、労組として交渉したところ、会社が譲歩しました。「残業をしないことで生じる問題については、会社が責任をとります」と明言した文書を提出したのです。それでやっと、女性たちは安心して定時まで働き、残業をしないですむようになりました。
現在の「働き方改革」には、こうした視点が欠けています。会社に業務の量を減らすように交渉し、「それができない」という回答ならば、それで生じる問題の責任の所在を明確にすべきです。そうでないと、仕事が終わらないことの責任も、労働者に負わされてしまいます。