【朝倉】違う文化から帰ってきたら、日本の「常識」って異様に感じますよ。例えば「エレベーターの中で、どうしてこんなに押し黙ってなきゃいけないんだろう」とか。日本は街中でもとにかく静かですよね。活気はないし、なんだか息苦しく感じることもある。みんなネクタイをしていますしね。

【大室】「働き方」に関しても、かつてイギリスで蒸気機関車が電車に切り替わり始めたとき、「スコップで石炭を入れる人の雇用はどうなるんだ!」という議論が紛糾して、電車への移行が遅れたという話がありました。そうこうしている内に当時の日本のような“後進国”がサッサと電車を引いてしまった。後進国にはしがらみなく一気に最新版を導入できる強みがあります。

大室正志氏

今の日本はかつてのイギリスと同じようなことが起きてると思うんです。堀江(貴文)さんだったら「数十年後には意味のない職業なんだから別にいいだろ」と言いそうですが、僕は雇用不安から体調を崩している“スコップの人”をたくさん診ているわけです。

確かに、今の世の中で価値が薄れつつある職業って、近い将来なくなるんだと思う。そこをドライに考えるべきなのでしょうけど、“スコップの人”に他のことをしろと言ってもなかなかうまくいかない。基本的に人間にとって環境変化は全てストレスです。雇用不安も、新しい仕事も、過度なストレスになれば、働けなくなってしまう人は出てきます。

「自分たちでもできそう」のラインを探せ

【朝倉】スコップを持っている人にいきなり「AIの開発者になれ」と言ってもそれは無理な注文ってもんでしょう。それよりも、「これくらいなら自分でもできるんじゃないかな~」と思えるくらいのモデルをどうやってうまい塩梅に見せるか。シリコンバレーにいると、日本企業の人たちがたくさん来て、グーグルの見学に行くのを目にします。グーグルの働き方は興味深いのですが、日本企業にとってはまったく参考にならないと思う。無料でランチを提供したからといって、業績が良くなるのかっていったら、そんなわけない。

でも、例えばドイツ系IT企業のSAPは、10年ほど前から「デザインシンキング」のような新しい概念を取り入れて会社の変革を進めています。こちらのほうがまだ参考になると思う。だってドイツ企業ですよ。マッキンゼーでは、あまりにも細かすぎるチャートを作ると「This chart is too german」なんて言われるんです。ドイツ人はチャートを作る際に、これでもかっていうくらい細かくて複雑なものを作りがちで、それよりちょっとソフトなのが日本人、一番大雑把なのがアメリカ人だと言ってました。アメリカのハイテク企業の真似をしろと言われても厳しいと思うけど、ドイツの会社が取り組んでいるやり方なら、まだ日本人でもできそうな気がするじゃないですか。