読み手の心に響く文章が書ければ、組織にエネルギーをもたらすことができる。そのためにも、打ちっ放しにせず、一次原稿を俯瞰しながら手書きで修正するプロセスが何より必要だ。
一度プリントアウトすると、書き手から読み手へと視点が変わる。書き手のときは言葉を並べることに意識を奪われ、「木」を見て「森」を見ずになりがちだ。そこで読み手の視点から森を俯瞰することで余分な木を排除し、木と木のつながり方を正し、簡潔明瞭で論旨明快な文章に仕上げていく。
その過程で、どうしても伝えたいことがあれば、自分独自の言葉を埋め込むことだ。私の場合、社長就任後は「7・3の仮説」という言葉を使った。
経営の7割は予測可能だが、3割は未知の部分がある。だからやめるのではなく、3割は見通しが立たなくても挑戦する。困難な目標に立ち向かう意識を喚起するため、この言葉を繰り返し発した。組織の上に立つとき、独自の言葉を持つことは強みになるはずだ。こうして手をかけることで、人を動かす文章へと磨かれていく。
当社では毎年、人生の大半を連れ添った夫から妻へ、妻から夫へ、感謝の気持ちや心からの一言を葉書1枚に書き綴って応募していただく「60歳のラブレター」という企画を続け、今年で9回目を迎えた。これまで寄せられた約8万6400通の実話をもとに映画化され、5月16日から上映される。
どの葉書も感動的な文章ばかりだ。それは読み手の心に届くよう、文章の原点に戻り、形にこだわらず、一つ一つの言葉に書き手の素直な思いが込められているからだ。そのような経験は誰もが一度か二度あるはずだ。
相手の心を動かす文章は誰でも書ける。なぜ、自分は書くことに苦手意識があるのか。もし、文章の形をつくることに追われていたら、もう一度、原点に戻ってみてはどうだろうか。
(勝見 明=構成 芳地博之=撮影)